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“だいじょうぶ”のおまじない

2025年10月21日

ページ番号:662444

受賞者

 李 映叡 様

概要

 肌が白く、ほっぺがぷくぷく柔らかい3歳の女の子Aちゃんを、私が乳児院で担当していた2年間を振り返り、自分に自信なく失敗するたびに、固まってしまうAちゃんに寄り添い、Aちゃんがどんな自分でも受け入れて大切にして欲しいと願いを込めて成長を見守ったエピソードです。

エピソードを通じて伝えたい「福祉・介護の仕事」の魅力

 乳児院では、生後間もない赤ちゃんをお世話をしたり、虐待で傷ついた子ども達を目の当たりにする事もあります。小さな身体や心が傷ついている姿に辛くなる事もありますが、それ以上に「はじめて寝返りをした」「はじめて歩いた」など、子どもの日々の小さな成長を見守れる喜び、日々の関わりの中で得る幸せ、保護者や里親、他の職員と共にその成長を喜び合える事に魅力を感じています。また乳児院は、子ども達の育ちを保護者や里親、児童福祉施設へ育ちを繋ぐ重要な役割もあります。いずれ乳児院から巣立つすべての子ども達に、「生まれてきてくれてありがとう」と気持ちを込めて、日々仕事をしています。

本文

 私が乳児院で赤ちゃんや子ども達と関わりをはじめて10年目の秋、その時に所属していたグループに3歳2ヶ月の女の子がやって来て、私が担当する事になりました。おかっぱで肌の白い、ほっぺたがぷっくりとした女の子でした。あまり緊張せず遊んでいる様子があり、「こんにちは」と声をかけても、ちらっとこちらを見る程度で、おもちゃに興味をもって遊んでいました。私の勤める乳児院では、職員の呼び名を決めて呼んでおり、私は「ようちゃん」と呼んでもらっています。なので、初めてAちゃんに会った時は、「はじめまして、ようちゃんです。Aちゃんよろしくね」と声をかけました。

 そんなAちゃんは、慣れてくるとお部屋の中で他のお友達と大きな声で歌ったり、遊んだりちょっとおどけてみせたり、とても活発な女の子でした。私にも慣れてくると、おんぶ紐でおんぶをするのをとても好み、出勤して会う度に「おんぶして」と甘えてきます。当時はすでに3歳を超えていましたので、おんぶ紐でのおんぶと言えど、私の身体には堪えます。私が座ったまま「お膝で抱っこしようか」と言うも「おんぶがいい」と言われる事が多く、おんぶ紐を棚から出すと満面の笑顔を見せてくれるので、断る事は出来ませんでした。1日の生活の中で他の子どもの着替えをする時や寝る直前までおんぶをしてほしいと言われ、さすがに寝る時は「おんぶでもいいけど、寝にくくない?」と聞くと「これがいい」と言いますが、少しすると「やっぱりお布団で寝たい」と言うなど、素直に言える可愛い女の子でした。

 生活に少しずつ慣れてきたAちゃんは、活発で明るい反面、自分に自信がない様子が見られ、少し失敗してもその場で固まってしまい、動けなくなる様子がありました。日々、心がけていたこととして、何かに立ち止まることがあると、「だいじょうぶ、こうしたらいいんやで」と目の前でやってみせたり、例えばAちゃんならば落ち込むであろうお茶をこぼすというシーンも、他児がしてしまった時の様子を一緒に見ながら「Bくんおちゃこぼしちゃったけど、拭けばいいよね、だいじょうぶ、だいじょうぶ」等、他児を例に話す機会を持つなど、Aちゃんが失敗して固まる様子を少しでも、「気にしなくて大丈夫。笑顔のAちゃんも、怒ってるAちゃんも、失敗して落ち込むAちゃんも全部大丈夫!大好き!」というメッセージを込めて、関わる事にしました。

 そんなAちゃんが生活に慣れてきた頃、一緒に電車に乗って天王寺動物園へ2人でお出かけする事にしました。出発するまではいつもの調子でよく喋り、活発に動いていましたが、駅について電車に乗る時から、とても緊張した様子で一声も話をせずに、じっと私に抱っこを求め、しがみつきだしました。私は、Aちゃんを抱っこしながら「大丈夫、大丈夫。ようちゃんいるよ」と伝えながら、それでも動物園につくと、好きな動物もいるので、おやつを食べながら楽しめるといいなと楽観的に考えていました。いざ動物園に入ると、緊張で抱っこから降りれないのは相変わらずで、どの動物を見にいっても「こわい」と顔をそむけてしまいます。そのうち、お昼寝をしていなかった事もあり、レッサーパンダ舎の前で抱っこのまま寝ていきました。しばらくそこに座り、スヤスヤ寝ている顔を見ながら、(Aちゃんの心の中はどうなってるのか)、(こんなに小さな体にどんな苦しみがあるのか)と考えると、それからAちゃんとどう関わっていこうか、どうすればAちゃんに寄り添って成長を見守れるのか、不安になりました。結局、30分程で目覚めたAちゃんに「そろそろ帰ろうか」と言うと頷いた為、早めに動物園を後にし、うどんを食べて帰る事にしました。うどん屋はAちゃんのリクエストでもあったので、うどん屋につく頃には、「みて~まんげつ~」と月を見ては、嬉しそうに話をするAちゃんに少しほっとしましたが、うどん屋で大好きなエビの天ぷらを食べた後に、お汁を机に溢してしまったことをきっかけに、爪を噛み始め、目を瞑ってその場で寝転んでしまいました。「びっくりしたね、拭いたら大丈夫」とその場は終えましたが、その後は気持ちを切り替えてご飯を食べる事ができず、急遽お持ち帰りにしてもらって帰る事にし、園にて残りを食べました。私との初めてのお出かけに、Aちゃんもとても緊張したのか、初めて見る姿に驚き、色々考えるきっかけになりました。

 心理士に、この出来事を相談し、アドバイスを求める事にしました。Aちゃんは、私が担当するまで、何度か生活する環境が変わった事で、その環境の変化によって不安が大きいのではないか、また失敗してしまった時に固まり、自分に自信が持てないんじゃないか。今、私が関わっているように、Aちゃんの不安や様子に寄り添い、不安な気持ちを言葉でAちゃんと伝え合ったり、日々の姿(遊んでる時や食事を食べている時も)を言葉で伝え、嬉しいことや悲しい事の気持ちを共有する事を心がけて欲しいと助言を受けました。

 その日から2ヶ月後、お出かけをする機会があり、半日抱っこする事を覚悟して、抱っこ紐で抱っこしていざ出発しました。心理士のアドバイスもあり、この前と同じく天王寺動物園行きました。抱っこ紐をしていることでお互いの体が密着し、顔もすぐ目の前にあるから、「あ、カメ」「きりん大きいな」と見る様子があったり、ソフトクリームを食べたりと、いつものような姿にはまだ遠いですが、前回よりリラックスしている様子がありました。

 初めて行った動物園のお出かけから1年半後の5歳になった時に天王寺動物園へおでかけをする機会がありました。門をくぐるとAちゃんはまず、「赤ちゃんの時、ようちゃんとおんぶ紐で来たな~」と照れくさそうに思い出してくれ、「そうやね、3歳の赤ちゃんやったね。よく覚えているね。重かったわ」と言うと照れ笑いをするAちゃん。その時は、色んな動物に夢中になり動物園中を走り回り遊び疲れたら、笑いながら地面に倒れて「もうつかれた~だめだ~あるけない~」と寝そべるAちゃんを見て、成長を感じると共に、あの時はAちゃんの行動に戸惑い、大きな不安を覚えましたが、このようにAちゃんがその出来事を覚えていて、一緒に話せる日が来た事に幸せを感じました。あの時の関わりがあったからこそ、今緊張せずにのびのびと遊んでいるAちゃんを見ることが出来、何よりここまでAちゃんが安心して成長しているがありがたかったです。

 そんなAちゃんも5歳になり、お父さんとお母さんのお家に帰ることになりました。お家に帰る数日前、Aちゃんと一緒に2人で夕食にとお好み焼きを作る機会がありました。キャベツを一緒に切って小麦粉をボールに入れた後、卵を割ることは「Aちゃんしたい!」と張り切っており、大丈夫かな…と不安はありましたが、任せてみることにしました。真剣な顔で卵を持ったAちゃんは、机に卵を打ち付けてボールの上で卵を割りますが、卵は少しずれて机の上に。私はすぐに「あ、Aちゃんまた失敗して固まっちゃうな、どうフォローしようか…」と考えていると、Aちゃんが「だいじょうぶ、だいじょうぶ。こうしたらいいねん」と小さな手で机の卵をすくって、ボールに入れようとしていたのです。私は一生懸命に卵をすくおうとしているAちゃんをみて、「だいじょうぶ、だいじょうぶやね。すくって入ったら大丈夫やね。あかんなら新しい卵もあるし大丈夫」と声をかけました。卵を無事にボールに入れ一緒に作ったお好み焼きは、形はいびつでしたが心が暖かくなる味でした。

 今、私は乳児院で勤めて17年目になりました。色んな子ども達との出会い、別れ、悩みや葛藤がある中で、私自身が頑張る源になっているのは、Aちゃんからの一言です。寝る前に他の子ども達と遊んでいると、Aちゃんに突然、「ようちゃんって子ども好きなん?」と言われました。想定外の質問だったので、「うん、好きやけど、どうしたん?」と聞くと「ふ~ん」とそれ以上の回答はありませんでしたが、Aちゃんから見て子ども達と遊んでいる私の姿が、好きな事をしているように見えたのかなと思うと、とても嬉しく思う瞬間でした。

 先日、小学生になったAちゃんに会う機会があり、「4歳の時に、ようちゃんって子ども好きなんって言った事、覚えてる?Aちゃんがそうやって言ってくれた事、ようちゃん嬉しかったんやで」と聞くと、恥ずかしそうにお父さんの後ろに隠れて、小さく首を振るAちゃん。「Aちゃん、ありがとう。」というもAちゃんは、お父さんに恥ずかしそうに甘える様子でしたが、私が父と母へ渡したAちゃんのバトンがしっかり繋がり成長している姿を見る事が出来ました。

 乳児院で育つ子ども達は、お家や里親家庭、児童養護施設など、それぞれの場所に巣立っていきます。乳児院で預かった子ども達への愛情のバトンが、次の場所に繋がる事を願いながら、日々働いています。

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