食欲旺盛ばあちゃんとの35日間奮闘記
2025年10月21日
ページ番号:662450
受賞者
筒井 奈穂美 様
概要
摂食嚥下機能の低下された入居者様のなんでも好きな物を食べたい、他の人と同じものが食べたいという思いを叶えるために、本人様、家族様、施設職員はもちろん、給食委託会社や訪問歯科医師などで一丸となって取り組んだ35日間の奮闘記です。
エピソードを通じて伝えたい「福祉・介護の仕事」の魅力
介護の現場では医師、看護師、介護職員、介護支援専門員、機能訓練指導員、管理栄養士など多職種で連携して支援を行っています。そこでいつまでも美味しい、楽しい食事を召し上がっていただけるように、入居者様、家族様の思いをくみ取り、それぞれの専門職の力を借り、それをまとめて繋げていって実現していけることが福祉・介護に携わっている管理栄養士の魅力だと思います。また、食事をしっかりと召し上がられる方は皆さんお元気なので、食事・栄養がいかに大切かを実感し、身が引き締まる思いと、医療とは違い、介護では食事を楽しむという事に重きをおける楽しさもあるところも魅力だと思います。
本文
私は特別養護老人ホームで管理栄養士として働いています。管理栄養士とは、入居者様の栄養管理を行うのが主な仕事です。入居者様一人一人の状態に合わせた献立の作成や、栄養指導・栄養ケアマネジメントなど仕事は多岐にわたります。食事提供は給食委託会社による完全委託となっていますので、食事を作ったり、食材を購入する厨房業務はなく、介護職員のように直接的に入居者様の支援に携わることは少ないです。高齢となり、歯がなくなったり、呑み込む力が弱くなっても、いつまでも好きなものをおいしく食べていただくために、施設内の多職種・家族様との連携はもちろん、給食委託会社、訪問歯科など外部の方とも連携して日々入居者様のために奮闘しています。その中で、入居者様のご意向にそえるよう、また栄養状態を維持、改善していくために、施設内外のチームで一丸となって取り組んできたエピソードを紹介させていただきます。
1年前にご入居されたN様は長年リウマチを患っておられ、手指の変形がありますが、工夫してご自身で食事を召し上がられていました。食欲は非常に旺盛で、食べたいものがたくさんあります。通常の食事をなんとか召し上がられていましたが、義歯を使用されており、食べ物を噛んで砕いて呑み込む(咀嚼嚥下)機能も少し低下されている状態でした。せき込んだ際にあまり咀嚼できていない食べ物を嘔吐されることがあり、何度がご体調を崩され入院されました。入院された病院での食事は病状的に、また、咀嚼嚥下機能低下による食べ物が喉に詰まる(窒息)・食べ物が器官に入ってしまう(誤嚥)の可能性も高いため、あまり噛まなくても呑み込めるよう、食材をミキサーにかけペースト状にした【ムース食】が提供されていました。その後、無事退院され、施設でもペースト状のムース食を提供させていただきましたが「なんでこんなのりみたいなお粥やねん。あんた自分やったらこんなの食べられる?」との痛烈な一言を頂きました。病院では我慢して食べておられたのでしょう。やっと退院できたのに、普通のご飯が食べられないことに不満を爆発されました。私個人としては早々に元の食事に戻したいのですが、管理栄養士として健康管理を任されている身としては、入院期間中にもN様の機能が低下されている可能性があるため、すぐに食事形態を変更することは危険と思いました。勿論、それもN様に説明させて頂きましたが、やはり納得がいかず、食べたいものが食べられない生活を強いることになります。何とかしたいと思い、看護師に相談。日頃のお食事の様子を介護職員・看護師・管理栄養士と毎日のように確認し、毎月行ってもらっている訪問歯科の口腔嚥下専門チームによる嚥下診察を経てN様の食事内容について、相談させていただくことになりました。この日から、私たちとN様による35日間にわたる奮闘記が始まります。
〇月〇日に嚥下診察がありますのでその時に食事の相談をさせていただきますとお伝えしても、食事のたびに「のりみたい。」と毎回、特にペースト状の粥の不満を訴えられていること、機能訓練指導員からは「せめて5分粥でもいいから…」と言われていると、N様の先制攻撃です。退院直後の嚥下診察では、やはり咀嚼嚥下機能は以前よりも低下されており、普通食はまだ難しいとの診察でした。しかし、ここで私の会心の一撃今一番不満に思われていることは主食のペースト状のお粥であるので、何とか主食だけでも変更できないか相談すると、副食はペースト状のムース食のままで、主食のみ1日1回、普通のお粥へ変更してもよいと先生よりご提案を頂きました。「それでいいわ。まずはそこからやな。ありがとう先生」とN様も先生に向かって握手されます。
私は何とか出来るかもしれないと、すぐに給食委託業者の方と相談を行います。100名以上のお食事を作って下さっている厨房さんにもいろいろなルールがあり、昼だけ主食の変更を行うというのは本来であればそのルールには入っていません。
N様のために何とかして頂けないか。私は今までの経緯を説明し、何度も頭を下げます。初めは出来るかなと思案顔であった厨房の栄養士の方も「そういうことでしたら、期間も限定的でしょうからなんとか対応できると思います。私たちもお食事は美味しく召し上がって頂きたいので」と特別に昼食のみ粥を提供できることになりました。それをすぐにN様に伝えにいくと、「やっと普通のお粥さんが食 べられる。お粥さんごときで情けないけど、ほんとにうれしい。」1日1回のお粥ですが、涙ながらに喜ばれていました。第一回戦は私の勝利です。
しかし、それだけでN様の食べたい意欲が満足するはずがありません。昼食の粥以外は変わらずペースト状のムース食です。お粥が食べれるようになった翌日くらいから「粥はいいけど、他は海苔みたい。何を食べているかわからへん。なんで私だけみんなと違うご飯なの。」毎食のように不満を言われているとN様からの二回戦の火蓋が下ろされます。都度咀嚼・嚥下機能が低下しているので窒息・誤嚥のリスクがあることを何度も説明させていただくも「私は喉に詰めたことなんて一度もない。ずっと食事は普通のものを食べてた。入院も無理やりさせられた。前は一度も入院なんてしたことないのに!」と訴えられます。「お粥は今食べれているので、着実に良くはなっていますよ。次の嚥下診察でしっかりとみていただいて、また食事の相談をしましょう。」とお伝えすることしか私にはできませんでした。正直、N様の嚥下能力ではもう通常のお食事を召し上がって頂くことは出来ないのではないかと思っていたためです。二回戦は気持ちの面で私の完敗です。でも私には志を同じにする力強い仲間がいたのです。それぞれの専門職が、N様の御意向のために食べられる道を探してくださいました。両者イーブンでの三回戦のゴングがなりました。
看護師から「Nさん今嘔吐したよ。食事がそのまま出てきてる」と報告を受けます。N様は元々咀嚼をあまりされない方なので、ムース上のおかずをそのまま嘔吐されることもありました。「気持ち悪いから少し戻しただけや」とN様は仰られましたが、その言葉を鵜呑みにするわけにもいかず、まずはムース食を1~2㎝角にカットしてから提供し、N様にしっかりとよく噛んで食べていただくようお願いしました。「それくらいならするよ」と、その後はしっかりと咀嚼して召し上がられていました。
訪問歯科の先生からも、「退院したばかりですし、しっかりと栄養を摂って、動ける範囲でしっかりと運動して筋力もつけていけば、もう少し形態を上げることも可能と思います。」とN様に説明され、「頑張ってみるわ」と、しっかりと栄養を摂るために嫌いなペースト状のムース食の食事も完食され、機能訓練指導員が提案する車いすでの自走や移乗などの運動、介護職員からの口腔ケアの声掛けと、口腔機能改善のための吹き戻し訓練も、皆に励まされながら頑張っておられました。
生活相談員は、N様の長女様が面会に来られた際、悩み相談をされていました。面会の度N様から食事の不満を毎回聞かされ、とても悩まれていたご様子でした。現在の取り組みを説明して下さり「そんなことまでしてくれているんですね。専門的な話は私ではわからないのでとっても心強いです。私も母と一緒に出来る体操などをしてみますね。こんなに皆様に良くしてもらって、あきらめずにいてもらって母は幸せ者です」と、長女様の思いも皆で共有できました。
介護支援専門員はN様のご意向をしっかりと確認し、介護職員は毎日のようにN様のご様子やご要望を教えてくださり、嚥下診察時に私からN様と長女様のご意向、状態など詳しく説明させていただくことができました。N様も周りの入居者様と共に食イベントを行われ「私も食べれるようになるわな」「なりや。またお好み焼きも一緒に作って食べよう」など、次なる意欲を周りの方と共に育んでおられました。N様中心に皆が連携していきます。いつの間にか、戦いは【普通の食事】をボスとする「共闘」になっていきました。
そして迎えた嚥下診察当日「運命の日や」とご自身でおっしゃられていたこの日。今までのN様、長女様の思い、状態などを歯科医師と共有し、診察を受けていただきました。私たちの施設に来てくださる訪問歯科の歯科医師はじめ嚥下チームの方々は、施設の方針と同じ思いを抱かれており、この状態では食べられない・飲めないからとすぐに無理と判断せず、食べたい思いがあれば、どうすればその方にとって安全に食べられるか、飲みたいものがある場合は、飲み方の工夫でトロミなしでも安全に飲めるかを一緒に考えてくださいます。緊張した面持ちで嚥下診察を受けられるN様。特別にご用意したお食事を少しずつ食べて頂き、その様子を聴診器で医師が確認します。全ての診察が終わった後、補聴器を外しながら先生が仰られました。「ちょっと咀嚼してまとめる力が弱いけど、よく噛んでもらって、水分をこまめにとって、カットサイズはこのくらいであれば、ちょっと試してみますか?できそうですか?」N様の意思と、職員での支援、厨房での対応がどこまで可能かを確認しながら、細かく料理のカットは必要ですが、退院されて1カ月ほどでようやく普通食での提供が可能となりました。三回戦目、N様の完全勝利です!
「やったー!ほんとによかった。ようやくみんなと一緒のご飯が食べられる。ありがとう。」「よかったですねNさん!」「おめでとうございます」「お母さん良かったね」ワッと賑やかになった居室内で、N様が喜ばれたのはもちろん、長女様、職員全員が嚥下診察の結果にどきどきし、普通食が食べられるとなった時の安堵感は忘れられません。けれど、その安堵もつかの間、N様のご要望はその後も続きます。「母がアンパンが食べたいって言ってるんですけど」「ラーメンの麺を切らずに長いまま食べたいと言われています。」と長女様や介護職員から毎日ように相談がありました。一見、パンは柔らかく食べやすそうですが、しっかりと咀嚼できないと窒息リスクの高い食品です。再度、その可能性をN様と家族様にお伝えし、その間もしっかりと体操を行って頂くようにご提案し、次の嚥下診察で相談させていただきました。「訓練の結果かな。口腔機能が改善してますね。しっかりと咀嚼出来て口腔内にも残ってないし、パンを食べていただいても大丈夫ですよ。この調子なら、ラーメンもゆっくり食べてもらえれば、切らずに試してみますか。」普通食へ変更後はしっかりとよく噛んで食べるように職員がたびたび声掛けさせていただき、N様も訓練を行うことによりご自身でも成果を実感されたのか「しっかり噛まんとな」と意識して食事されていました。日々の食事がトレーニングにもなっていたのか、リハビリも頑張って行われており、ADLも向上され、咀嚼嚥下機能が改善されていました。
今では家族様と外食にも行かれ、「お寿司食べてきたで~」と、食べたいものは何でも召し上がられています。「ここの食事はおいしいわあ。だしがちょうどええ。」ムース食を召し上がられていたときは私の顔をみるなり、食事に対する不満ばかりを訴えられていましたが、今ではいつも笑顔で施設の食事をほめてくださいます。「この前、ラーメン食べにいってん。おいしかったわあ。」と外食に行かれたことも嬉しそうに話してくださいます。そこには「信頼関係」がレベルアップした私たちの自信にあふれた笑顔がありました。
一番はN様のなんでも好きなものを食べたい、みんなと同じものが食べたいという強い思いがあってこそですが、食事のことだからと管理栄養士だけでは到底、N様の思いを実現することはできませんでした。食べるという行為はとても複雑です。おいしい食事を出せば食べていただけるわけではありません。食べられる口腔嚥下機能、食べられる姿勢、本人様の病状・体力・精神面、食事環境などいろいろな要素が組み合わさっていますので、それを考えれば管理栄養士だけの問題でないことは一目瞭然です。
入居者様、家族様の食べることへの思いをくみ取り、それぞれの専門職の力を借り、それをまとめて繋げていき、実現していくことが、ここでの役割だと思っています。私たちは毎月多職種によるカンファレンスやモニタリングの場で入居者様のより良い生活を維持・改善していけるように話し合いをしています。そこではもちろん食事に関しての話し合いも行われています。普段からチームで解決するということが当たり前の環境なので、N様のことも自然とチーム一丸となって取り組めたと思っています。「Yさんが食べれるものがないとカップ麺ばかり食べてます」「Hさんの採血データーが悪いから補食の検討をしたいです」「○○さんも、ぐんぐん食欲がわいてきているので、食事の量を多くしたいのですが・・」日々、皆さんからの意見を聞き、「この中華麺は美味しいわ」「今日のおかずはいまいちやわ」「お寿司好きよ。毎日食べたいくらい」と、実際食べて下さっている入居者様のご意見も頂戴しながら、私は今日も皆様に楽しく美味しくお食事をとって頂けるように管理栄養士としての役割を全うする「奮闘」を行っていきます。私自身をレベルアップさせてくれた食欲旺盛ばあちゃんとの35日間奮闘記。こういった環境で働けることに本当に感謝です。
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