報道発表資料 重要文化財(建造物)の指定について~大阪城天守閣が文部科学大臣に答申されました~
2026年10月16日
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問合せ先:教育委員会事務局 総務部 文化財保護課(06-6208-9069)
令和8年10月16日 17時発表
令和8年10月16日(金曜日)に国の文化審議会が開催され、重要文化財(建造物)の指定として、大阪市内では1件の文化財、大阪城天守閣が文部科学大臣に答申されました。
建造物の部
名称
大阪城天守閣
建築年
昭和6年(1931年)
所有者
大阪市
説明
- 大阪城天守閣(注1)は、大阪市中央区の特別史跡大坂城跡(注2)の本丸中央やや北寄りに建ちます。
- 昭和天皇の即位記念事業として、市民から寄附を募り、大阪市土木部建築課(現在の大阪市建設局)の設計、大林組の施工により、昭和6年(1931年)11月に竣工しました。
- 建物は、高さ13.3メートルの天守台石垣の上に南面して建ちます。鉄骨鉄筋コンクリート造、外観5重、内部8階で、建築面積1,177.97平方メートル、高さは石垣天端から39.4メートル、石垣を含めた総高52.7メートルです。屋根は本瓦型の銅板葺となっています。
- 昭和前期における城郭建築の復元的創造の成果として意匠的に優れ、大阪城公園の整備と一体的に計画され、市民の寄附によって実現した経緯は、大阪市という大都市の象徴の形成に大きく寄与したといえます。また、全国各地における天守再建手法の嚆矢(こうし)としての歴史的価値も高いと評価されました。
(注1) 大阪城天守閣
大阪城天守閣は、これまで平成9年9月3日付けで国登録有形文化財、令和7年7月10日付けで大阪市指定有形文化財になっています。
(注2)特別史跡大坂城跡
大坂城は、天正11年(1583年)に豊臣秀吉が築城を開始し、天正13年(1585年)頃に天守が完成しました。慶長20年(1615年)の大坂夏ノ陣で大坂城は落城し、天守も焼失しました。元和年間(1615~24年)から徳川幕府により城は大きく再整備され、寛永3年(1626年)に現在の位置に天守が再建されましたが、寛文5年(1665年)に雷火により焼失し、以降、江戸時代に天守は再建されることなく天守台のみが残されました。明治4年(1871年)、同地に大阪鎮台(後の陸軍第四師団)が設置され、軍用地として使用されました。戦後、昭和28年3月31日付けで国史跡に指定され、昭和30年6月24日付けで特別史跡に指定されました。
参考
文化庁ホームページ「文化審議会の答申」もあわせてご覧ください。






