木造十一面観音菩薩立像(宝珠院) 1躯
2019年1月9日
ページ番号:8904
木造十一面観音菩薩立像
分野/部門
所有者
宗教法人 宝珠院
所在地
大阪市北区与力町1
紹介
宝珠院は現在は天満寺町の中に所在する寺院で、一説には、中世には大阪天満宮と神宮寺の関係にあったともいわれる寺院である。第2次大戦による被害で、本尊の大日如来などが失われたが、貴重な仏像・仏画を数多く伝えている。
中でもこの木造十一面観音菩薩立像は、木造弥勒菩薩立像とともに特に古いもので、制作年代は鎌倉時代に遡る。彫眼像で現状では古色を呈する。頭部は三道下で体部と接合し、前後に割り矧ぐ。体部も一材からなり、同様に前後に割り矧いでいる。
装飾的な宝髻、膨らんだ地髪、抑揚豊かな衣文の表現が特徴的で、仏師や制作年代を示す銘記はないが、13世紀後半の制作と見られる。木造弥勒菩薩立像と同時期の制作だが、弥勒菩薩立像に比べて荒々しい感じのする意志的な容貌を示し、肩幅が広く堂々とした体躯をとることなど、異なる点も多い。従って、同時期の制作ではあるが、同じ仏師の手により一具として制作されたものではない。
十一面観音菩薩は、しばしば天神と密接な関係があるものと位置付けられ、天神の本地仏とされる場合もあった。大阪天満宮と密接な関係があったことを踏まえると、この像が天神の本地仏としてまつられていた可能性も考えられる。
大阪市内に残る貴重な鎌倉彫刻であるとともに、天神信仰とのかかわりから見ても注目すべき像である。