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木造阿弥陀如来立像(大圓寺) 1躯

2019年1月9日

ページ番号:9020

木造阿弥陀如来立像

もくぞうあみだにょらいりゅうぞう

分野/部門

有形文化財/美術工芸品〔彫刻〕

所有者

宗教法人 大圓寺(だいえんじ)

所在地

大阪市住吉区墨江3

紹介

木造阿弥陀如来立像 写真

 大圓寺は住吉区墨江に所在する、元和5年(1619)の建立と伝える浄土宗の寺院である。本像は大圓寺の本尊で、玉眼を嵌入し、肉身部は金泥、衣部は漆箔で仕上げられている。右手を胸前に上げ、左手の掌を正面に向けて垂下し、両手の第1指と第2指を捻じる来迎印を結び蓮台上に立つ通規のものである。指先や袖先に欠失部分があり、表面は少し荒れているが、保存状態はおおむね良好である。

 平安時代以降、浄土思想の隆盛に伴い、阿弥陀如来に対する信仰が高まり、たくさんの仏像や画像が制作された。その中でも、像高を3尺につくる阿弥陀如来立像は、特に人々によく受け入れられた。鎌倉時代を代表する仏師である快慶も、この種の阿弥陀如来立像の制作を行っている。快慶の作品は理知的で強い意志を感じさせる表情、鋭い作者の観察眼をうかがわせる体躯の豊かな表現、写実的な衣文の自然な流れなどに特色がある。その様式は「安阿弥様」と呼ばれ、以降の仏像制作の規範のひとつとなった。

 本尊はこうした作風を顕著に示すもので、右足柄外側に
 「巧匠 法橋快慶 アン(梵字)」
と記された墨書があることから、快慶の作であることは疑いない。制作の年代は、「法橋」と記されているため、彼が法橋位にあった建仁3年(1203)から承元4年(1210)の間である。この時期は快慶の活動の中期にあたり、前期の簡潔な表現に装飾性が加味され、様式的な完成度を高めた時期であるが、その作例は東大寺公慶堂の地蔵菩薩立像など限られている。そのため、本像が歴史的・美術史的に持つ意義は極めて高い。

 この像が大圓寺の本尊となった由来は不明だが、大阪市内に残る鎌倉彫刻の貴重な作例といえる。

用語解説

玉眼(ぎょくがん) 彫像の眼の部分に水晶・珠玉・ガラスなどをはめ込んだもの
法橋(ほっきょう) 法眼(ほうげん)に次ぐ僧位で、中世・近世には医師・絵師・仏師にも与えられた

参考文献

藤岡穣「大阪・大円寺蔵 法橋快慶作阿弥陀如来立像」(『佛教藝術』208 1993年)
『運慶・快慶とその弟子たち』(奈良国立博物館 1995年)

 

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