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平成27年第18回教育委員会会議

2022年9月1日

ページ番号:327824

平成27年第18回教育委員会会議

18回教育委員会会議

 

1 日時  平成27年8月5日 水曜日 午前9時45分から午後1時

 

2 場所  大阪市立中央図書館 大会議室

 

3 出席者

大森不二雄  委員長

林  園美  委員長職務代理者

高尾 元久  委員

西村 和雄  委員

帯野久美子  委員

 

山本 晋次  教育長

寳田 啓行  教育次長

大継 章嘉  教育次長

小川 芳和  総務部長

多田 勝哉  教育改革推進担当部長

三木 信夫  学校配置計画担当部長

井上 省三  教務部長

加藤 博之  指導部長

岡田 和子  学力向上支援担当部長

源  俊司  学校経営管理センター所長

林田 国彦  教育センター所長

森本 義範  中学校教育担当課長

西田 清盛  指導部主任指導主事

平田 和也  指導部主任指導主事

川阪  明  総務課長

松浦  令  総務課長代理

東川 英俊  総務課担当係長

 

4 次第

(1)大森委員長より開会を宣告

(2)大森委員長より会議録署名者に林委員を指名

(3)議題

議案第154              平成28年度使用教科用図書の採択について(中学校社会科)

議案第155              平成28年度大阪市公立学校・幼稚園教員採用選考テスト第1次合格者の決定について

議案第156              校長公募第一次選考結果について

 

 なお、会議に先立ち、中学校社会科の教科書の採択は、市民・保護者の皆様の関心は非常に高いことから、採択の模様をより多くの方々に傍聴いただけるよう、大きな収容定員を持つ大阪市教育センター講堂を傍聴会場として用意し、スクリーンに会議の映像を映して音声を流すこと、また、教科書の採択に当たっては、教育委員会の権限と責任において主体的に採択するために、静ひつな環境の中で公正かつ円滑に審議を行う必要があることから、傍聴会場とは別に開催場所を設けることについて諮られ、委員全員異議なく確認された。

また、議案第155号から第156号については、会議規則第6条第1項第5号に該当することにより、採決の結果、委員全員異議なく会議は非公開とされた。

 

(4)議事要旨

議案第154号 「平成28年度使用教科用図書の採択(中学校社会科)」について審議。

質疑の概要は次のとおりである。

【大森委員長】 本件につきましては、去る721日の教育委員会会議で選定委員会及び選定調査会から答申を受け取りました。この答申を参照しつつ、厳正かつ公正に採択に向けて審議してまいりたいと思います。

まず、義務教育諸学校の教科書採択について、事務局より説明願います。

【加藤部長】 議案書2ページをご覧ください。「平成28年度使用教科用図書の採択について」は7月21日の第16回教育委員会でご説明申しあげたとおり、「1.基本方針」において、「執行機関の附属機関に関する条例」に基づき設置された大阪市立義務教育諸学校教科用図書選定委員会の厳正かつ公正な審議を経た答申を参照し、教育委員会において採択するものとしております。

また、「2.採択の仕組み」につきましては、下に図で表しております。①~⑤の番号をご参照ください。なお、平成28年度使用教科用図書の採択につきましては、これまでの8採択地区を統合し、大阪市で1採択地区として種目ごとに1種類の教科書を採択するものとなっております。また、中高一貫校である「咲くやこの花」中学校においては、大阪市1採択地区に加えて、別途採択するものとなっております。

以上、義務教育諸学校の平成28年度使用教科用図書の採択の方式につきまして、ご説明申しあげました。

【林田所長】 平成27年6月1日、大阪市立義務教育諸学校教科用図書選定委員会は、教育委員会から「平成28年度使用中学校教科用図書の選定について」の諮問を受けました。本選定委員会は、「大阪市立義務教育諸学校教科用図書選定委員会規則」に基づいて、教科用図書の審議を行うため、公正確保に留意しながら適正に教科用図書の調査・研究を行いました。全種目・全発行社について、「専門調査会」「学校調査会」の調査・研究の報告とともに、学校協議会委員、保護者、市民からのアンケートによる意見を参考に審議を進めました。

第1回選定委員会では、選定のための計画の立案、また、調査を進めるための「調査の観点」の作成等を行いました。第2回、第3回の選定委員会では、各調査会の調査結果と教科書展示会のアンケートによる意見を資料として、改めて調査研究をすすめました。いずれも、保護者代表、学校協議会委員代表、学識経験者代表、学校代表、区担当教育次長代表、教育センター代表とそれぞれの立場からのご意見をいただき、議論を重ね、公正確保の観点を最重視し、答申を作成いたしました。

【大森委員長】 ありがとうございました。それでは、審議に入る前に、採択の進め方について、説明いたします。昨年の小学校の教科書採択に引き続き、中学校においても、教育委員会は、選定委員会からの答申、全ての発行社の教科書それぞれの「特筆すべき点」が列記してある一方で推薦順位や優劣が示されていない答申を参照しつつ、自ら調査研究を行い、採択することと致しました。すなわち、私ども教育委員が実際に教科書を手にとって、選定委員会の答申を参照し、事務局からの専門的な助言や情報提供を受けながら検討を進める形で、調査研究を重ねたところでございます。その上で、本日の審議において、教育委員会の責任と権限のもとで、理由を明確にしながら採択を行ってまいります。

中学校は15種目ありますが、本日は社会科の4種目のみ採択を行ってまいります。

最初に、地理の採択をしてまいります。各委員より意見を伺います。

【西村委員】 地理の教科書を選ぶにあたっては、中国や韓国など近隣諸国についての記述が重要であると考えます。その点では「教育出版」が、中国と韓国について本文中できちんと取り扱われております。

「帝国書院」は、本文で中国を取り上げ、韓国については、本文に記述はないが、「世界のさまざまな地域の調査」で取り扱われております。

「東京書籍」でも、韓国については、「世界のさまざまな地域の調査」で取り扱われている。

「日本文教出版」は、本文中で中国・韓国に触れられているが、韓国についての記述が少ないと考えます。

【帯野委員】 地理の教科書の研究において注目した点は、東南アジアについての記述です。その点どの教科書も東南アジアに関する記述は少ないのではないかと感じました。記載されていても中国が中心であり、他の地域についてはプランテーションなど農業が中心で工業化した今のアジアの実態を反映していない教科書が多いと感じました。

ASEANについて記載されておりましたのは、日本文教出版と帝国のみで、帝国の方が詳しく記述されている点で評価いたしたいと思います。

今の中学3年生が成人する5年後、社会人となる10年後は、東南アジアが世界の経済の中心となっていくはずですので、現在の東南アジアの実態を捉えた学ばせ方をさせたいと感じます。その点で帝国が一番詳しく記載されている点で評価をいたしました。

【高尾委員】 多くの教科書で、近隣のアジア諸国、地域についての記述が少ないのではないかと感じました。

例えば台湾やベトナム、カンボジア、フィリピンなど、また小さな国ですがブータン、GNH、国民総幸福量を掲げる国王夫妻が来日されて我々に感銘を与えたということがありますけれども、それも遠い過去のことではない。

その中で帝国はアジアの国々を多く登場させて、バランスのよい記述となっていると思います。また、地理の学習には写真、イラスト、地図が非常に大事だと思いますが、色彩がクリアで非常に印象深いものになっていると考えます。その点から帝国がふさわしいと考えます。

【林委員】 私が注目した教科書は教育出版でございまして、答申にもあるように人権・平和・環境・文化などの普遍的な概念について理解と考察を深められるよう、日本や世界各地に生きる人々の姿をさまざまな写真や資料で取り上げているという特徴があります。

また、現在世界で起こっている紛争の原因であります、民族、宗教の問題など、そういった視点にたった記述、コラムが見られ良いのではないかと感じました。

一方、帯野委員もご意見されていたように、今後経済の発展が見込まれる東南アジアについて、1980年代の様子を中心に記述され、現状を反映できていないように思いました。

また帝国書院は、資料が豊富であるということと、非常に地域の特徴をよく表した印象的で美しい写真を使っており、子ども達にとっても興味を引き、理解しやすいのではないかと思います。コラムがありますが、共生、環境、防災の3つのテーマからなっており、それもいいのではないかと思いました。

また、カラーユニバーサルデザインフォント等を使用し、そういったところにも配慮されていると感じました。

【大森委員長】 様々なご意見をいただきました。また、以前より、調査・研究の段階で事務局より様々な助言、情報が提供されております。かつ、答申を参照しながら、委員の皆さまと検討してきたところです。

 以上総括的に踏まえ、各社の教科書についての判断を集約してまいります。

「東京書籍」については、視点が現状に沿っていないという感がございます。実際のところ、アジアNIESという言葉は、近年あまり聞かない言葉でございます。領土問題につきましては、記述の分量は多いが、本文中で中国が尖閣諸島の領有権を主張するようになった理由について記述されていないといった点も気になります。

「教育出版」につきましては、中国及び韓国についての記述が充実している面はございますが、東南アジアについての内容が現在の状況に沿っていないという点が気になります。

「帝国書院」につきましては、領土問題や東南アジアについての記述が充実しております。また、答申にもあるように防災や自然災害についても工夫が見られ、林委員の発言にもありましたが、ユニバーサルデザインにも配慮されている点に好感が持てます。近隣諸国の一つ韓国については、本文中にはございませんが、調べ学習で取り扱われているという点がございます。特に領土問題については、中国が尖閣諸島の領有権を主張するようになった理由について記述されておりますし、竹島についての記述も充実しております。

「日本文教出版」の教科書ですが、防災に関しては充実しております。ただ、近隣諸国についての記述が充実していないという課題があります。韓国についての記述も少なく、東南アジアについて、これも現状に沿っていないイメージを生徒に持たせてしまう面があるのではないかと考えられます。

以上の我々の調査研究を踏まえ、皆さんの意見を集約して採択したいと思いますが、地理的分野においては、中国・韓国など近隣諸国や今後の日本にとって重要な東南アジア、並びに、領土問題の背景について、しっかり記述してあることが大切であろうと考えられます。そういった視点に立ち、改めて全発行社の教科書を見てみますと、「帝国書院」の教科書は、現代および将来の社会が直面する課題をわかりやすく示しておりまして、社会事象についての関心・意欲の向上と理解の促進につなげようとしている点において優れた教科書ではないかと思います。

一応集約いたしましたが、ほかにご意見はございませんでしょうか。

特になければ採択を行ってまいります。

ただいまの議論により、地理につきましては、帝国書院の教科書が、資料が豊富であり子どもたちが様々な考えがあることを理解することができるようになっている、記述のバランスも良く、自らが読んでわかりやすく、その内容も丁寧で具体的であって、学習の見通し持つことができる。また領土問題、並びに近隣諸国、とりわけ各社十分でない面が見られた東南アジアについての記述が他社に比べて秀でていると。

以上の諸点を総合的に勘案すると、帝国書院が適切な教科書であろうと言えると考えます。

すなわち、私どもの判断としては、大阪市の子どもたちにとって、学んでほしい事柄が理解しやすく記述されている教科書であると考えられる。このことから、「帝国書院」を採択することにご異議はありませんでしょうか。

【各教育委員】 異議なし。

【大森委員長】 異議がないので、「地理」については「帝国書院」を採択いたします。

 続いて、地図の採択をしてまいります。各委員より意見を伺います。

【高尾委員】 地図についても帝国がいいのではないかと思います。ユーラシア側から見た日本の図が載っておりますが、大変興味をひかれました。例えば遣唐使の航路、北路と南路も示され、日本海、黄海、東シナ海、これらの海を通じて豊かなアジアとの交易が展開されたという事が非常にわかりやすく記載されております。現在から見ても、中国から見る日本だけでなく、中国と台湾、あるいはフィリピンというのも見えてまいります。

また驚きましたのは、歴史上の出来事も地図に記載されております。例えばポーツマス条約、サライェヴォ事件という歴史的分野との連携が図られているということもあります。

また大阪周辺の地図も大変充実しており、複数用意されております。

【西村委員】 「帝国書院」は、答申にもあるように、大阪湾周辺が見開きで掲載され、大阪の区ごとの特徴が見てとれ、大阪に対する知識や親しみを育む学習につながるのではないかと評価いたします。

【林委員】 帝国書院と東京書籍を比べますと、帝国書院につきましては、地図自体の色彩が鮮やかで、また同じ地図を比べた場合にも情報量が多いと思います。

 また、イラスト、絵、写真がたくさん掲載されており、地図帳だけで世界旅行が体感できるといいますか、生徒にとっていいのではないかと思います。

東京書籍は、地理の際に東南アジアの現状についての議論がありましたが、各国の一人あたりのGDPの変化について日本と比較できるグラフが示してあるなど、資料につきましては充実が伺えました。

【帯野委員】 帝国書院の地図は、立体的に読みやすく工夫されていると思います。例えば、中国についても一国としての国土は広いのですが、これでみると、緑地面積、有効面積がどれくらいの比率を占めているなど、そういったことも学ぶ事ができるのではないかと思います。平面的な地図だけでは学べないことが学べるように工夫されている点で帝国書院が優れているのではないかと評価いたしました。

【大森委員長】 以上、委員の皆さんの意見をふまえ、また答申を参照しながら、事務局の助言も踏まえて総合的に集約的に発言させていただきます。

「帝国書院」は、多様なテーマで地図や資料が示され、多面的・多角的に考察できるという点が優れていると考えます。地図は、まず、ぱっと見て、見やすいという点も重要であり、そういった点でも強みがあると考えます。地図につきましては、近隣諸国の掲載内容、大阪周辺、また世界の国々と日本との関係、また見る角度の違いにより見え方が違うなど、様々な面で帝国書院の工夫というのは長所になっていると思われます。

 東京書籍の教科書がいけないというわけではないのですが、今申し上げました諸点から、より優れているのは、帝国書院の教科書ではないかと思います。

ほかに意見はございませんでしょうか。

ないようですので採択を行います。ただいまの議論によりまして、地図の教科書につきましては、帝国書院のものが様々な観点から配慮が行き届いている、適切な地図ではないかと考えます。それはとりもなおさず、大阪市の子どもたちにとって、是非使ってほしい地図であると考えます。このことから、地図については帝国書院を採択することにご異議ございませんでしょうか。

【各教育委員】 異議なし。

【大森委員長】 異議がないので、「地図」については「帝国書院」を採択いたします。

 続いて、歴史の教科書を採択してまいります。各行政区に設けられている教科書センター、あるいは直接教育委員会にも、特に歴史と公民の教科書の採択について、様々な意見、要望が寄せられております。委員の皆様もすでにご承知のことと思いますが、市民の皆様のご関心が非常に高いということで、この間慎重に調査、研究、協議を重ねてきておりますが、本日の審議におきましても慎重に検討してまいりたいと考えております。

 ここで、教科書センターに寄せられたアンケートの集約結果について、事務局より説明をお願いします。

【加藤部長】 文部科学省から開かれた採択の視点から、「採択に、より広い視野からの意見を反映させるために保護者等の意見をふまえた調査研究の充実に努めること。」と通知がございました。

それを踏まえまして、各区の区役所や区民センター、市立図書館などにご協力を要請しまして、教科書センターを設置し、教科書展示会を約4週間実施いたしました。

各展示会会場では、保護者、学校協議会委員、そして一般市民の皆様を対象に、アンケートを実施し、集約の結果、回収いたしましたアンケートの総数は2604件に上っております。

 アンケートの内容については、3つの質問と自由記述欄を設け実施いたしました。

 結果の概要についてですが、アンケート内容の1つ目は、展示会の開催をどのように知ったかという質問でございます。回答といたしましてはホームページや、区役所の広報紙で知った方が多くいた。

2つ目は、閲覧した教科書の種類と学年についての質問でございますが、社会の歴史や公民の教科書に対する関心が高く、学年については、大きな差異はございませんでした。

 3つ目は、大阪市で使用する教科書にとって何が重要かという質問でございますが、資料が正確・豊富で、わかりやすい点や生徒の興味・関心・意欲を喚起する話題や題材である点が重要であるという意見が多うございました。

最後に、ご意見・ご感想など、自由記述欄を設けておりますが、その内容といたしましては、全体として、1901件あり、社会科の教科書に関する意見が1428件ございました。そのうち、育鵬社の発行する教科書の採択に関する意見が最も多くございまして、採択について肯定的と考えられます意見が約7割、採択について否定的と考えられます意見が約3割ございました。

【大森委員長】 それでは、各委員よりご意見を伺います。

【林委員】 特に注目した教科書を挙げたいと思います。まず東京書籍についてですが、全体的に非常にバランスが良い教科書であると感じました。資料の写真の発色がとても美しく、見やすく、生徒が興味をひかれるような出来栄えで有ると感じました。また、グループによる調べ学習の例示があり、共同学習が行いやすいのではないかと思います。先生も使用しやすいのではないかと感じました。全体を通してみた際には各時代が切れてしまっている感じはあるのですが、当時の文化の記述に併せて必ずその時代の経済の状況についての記述がございまして、私自身も非常に大切なことであると思っております。近現代史におきましては、日本と近隣諸国との関係、西洋との関係を中心に他の教科書に比べると記述に濃淡があるのではと感じました。

 次に教育出版についてですが、答申にもありましたが、単元の見出しが、印象的な言葉で記載されており、子どもの興味・関心を高められるように工夫されているという印象を受けました。また、最初の部分で学習課題が明示されており、単元終わりには振り返るコーナーがあり、きちんと復習でき学んだ内容を深めることができる工夫がされていると感じました。

続きまして帝国書院ですが、こちらも東京書籍と同様にグループ学習の例示があり、これから進んでいくであろうアクティブラーニングの活用に適した教科書ではないかと感じました。やはり資料が豊富であり、特に当時描かれたであろう資料が掲載されており、そこから当時の様子を読み取っていこうという様子が見受けられました。また近現代史におきましては、日本と近隣諸国との関係を理解しやすく記述しているのに加えて、資料という形ではありますが、沖縄に関してもしっかりと詳しく記述している点が良いのではないかと感じました。

育鵬社は、歴史の流れを大切にしてつくられた教科書であると感じました。また、人物にスポットをあてて編集されており、時代時代の人物を通して探っていくという構成になっておりました。これから将来の日本を担っていく子どもたちにとって、日本という国において政治がどのように行われきたのか、また近隣諸国との関係についても各時代においてわかりやすく記述されているという印象を受けました。

【帯野委員】 林委員からは、各社の教科書について明快に述べていただきました。私もほぼ意見を同じくするものですので、簡単に特に注目した部分についてだけ述べさせていただきます。

まず、私は何十年ぶりに歴史の教科書というものを見ましたが、私たちが学んだ頃の年表を中心とした暗記型の教科書と比べて、非常に学びやすく工夫されているなということが、全体の感想です。

その中で登場人物が多いのが、育鵬社と帝国書院です。登場人物が多いことで、歴史にストーリー性をもたせられますので、その点で優れていると思いました。

育鵬社の「なでしこ日本史」では女性にスポットを当てております。歴史の半分は女性が作ってきたものですので、その点で注目に値する企画であると感じました。また文化、伝統ですが、やはり他の教科書会社と比べて、育鵬社、帝国書院が多く取り上げられていると思います。文化、伝統に注目いたしますのは、グローバル化が進んでいくなかで、各国ともアイデンティティーの認識が高まっております。今後グローバル社会を生きていく子ども達にとって、日本の伝統、文化を理解することは非常に大切であると思いますので、この2社が優れていると思います。中でも育鵬社はグラビアで紹介しているところが多くて、馴染ませやすい工夫がされていると感じました。

帝国書院については、郷土史、地域史が多く取り上げられており、これも興味深い企画であると評価いたしました。

【西村委員】 清水書院は、考古学的資料や絵画資料などの歴史的資料の読み取り方についての解説が充実しております。子ども達の主体的な学習活動を促す工夫がみられます。

帝国書院は、資料が充実しておりまして、文章とのバランスがとても良く、非常に理解しやすい内容になっております。

育鵬社は、「人」の登場のさせかたに工夫が見られ記述の内容が理解しやすいものになっていると思います。

帝国書院は、答申にも記載されておりましたが、「大阪」についてもきちんと取り上げております。この点では日本文教出版も挙げられると思います。

自由社は、人物に焦点をあてて歴史を調べることができるよう工夫されているが、装丁が丈夫であり重量感があることが特徴であります。

【高尾委員】 歴史とはどういうふうに捉えたらよいのかということが大事な問題になってくると思います。過去はどのようなものであったのか。確実な過去とは一体あるのかどうか。誰が見ても同じような客観的な過去というものは存在するのかどうかという疑問が基本的にはあります。私が大学で学んだ時には、それがあるというのが主流でございまして、ランケのような「事実に事実をして語らしめよ」というような発想が基本でした。

しかし現在、ほとんどの歴史哲学者はそのように思っていないのではないかと思います。ダントーというアメリカの学者が「Analytical Philosophy of History」、歴史の分析哲学というものを書きまして、大変それに衝撃を受けた記憶がございます。知る者は物語る、と。物語られて初めて歴史が生まれると。物語というと、歴史小説、ファンタジー小説のようなものを意味すると誤解されるかもしれませんが、そうではなく、歴史の構造について言っているのであって、誤解を招かないためにはナラティブと言った方が正しいのであろうと思います。

しかしこういう状況になって、非常に問題が生じてきました。どういうことかというと、いろんな歴史が登場するということです。一番の曲者というと、それを書く歴史家でございまして、歴史を書くという特別のポジションにいるわけですけれども、自らの問題意識、価値観によって物語る、ナラティブをするということになるわけです。背景にはその歴史家の生い立ちであるとか、思想の形成過程であるとかが非常に影響をしてくる。特に一番困るのは、現在はかくあるべきだ、将来はかくあるべき、過去もこうあるべきであったというような発想が出てくるということです。すると、日本がまるで欠点の一つもない栄光の歴史であったというふうに書くことができるわけですし、一方で残虐非道に満ち満ちた恥ずべき歴史であると書くことができるというふうになるわけです。

 その一方で、歴史というのはその時代を生きた人の全てを語ることができるわけではない。そこには必ず「語りえないもの」が存在するということが厳然としてあります。物理学者のハイゼンベルクが不確定性原理で、位置と運動量は同時には確定することができないと言ったわけですけれども、それと似た状況があります。

 その中で我々はどうすればいいのかということですが、注目すべきは、歴史は複雑系、カオスであるという考えが最近出てきたことです。非常に参考になるのではないかと思います。歴史というものは非常に因果関係を大事にいたします。なぜAという状態からBという状態に移ったのか。その時にたった一つの原因なんてものはありえないという考えがあります。原因があって因果関係があって結果がある、それが複雑に絡み合っているということが歴史の複雑性、カオス性であるという議論です。自然科学からヒントをとっているわけで、よく「アマゾンの蝶」というのが例に引かれます。アマゾンの蝶が羽ばたいたときに、様々な要因が加わってアメリカでハリケーンになると。たとえ話なのですけれども、実際、気象学では初期値が1万分の1違うととんでもない結果になるという実例も報告されております。

 歴史学でも同様にいくつかの出来事が起きた場合に、最初の変化というものが、歴史に非常に大きな影響を与えてしまうという初期値の敏感性がありますし、また偶然のゆらぎ、出会い、そういったもので思いがけない結果を生むという「創発」という現象も出てきます。全てが決まっているんだとする、フランスの数学者の「ラプラスの悪魔」というものは存在しないということがわかるんですね。

 確かにそういう観点からすると、歴史を見るうえで納得することも多い。なぜ第二次世界大戦が起こったのか。歴史学では「もしも」というものはあまり好まれないのですが、 もしペリーが日本に来なかったらどうなったのか、バルティック艦隊が違うコースをたどってきて日本が日露戦争に負けていたらどうなったのか。あるいは東条英機が生まれていなかったらどうだったのか。ルーズベルトがいなかったらどうだったのか。そのような様々なところがあるわけです。

国際政治学者の猪口邦子さんが「パール‐ハーバーの授業」というものをお書きになって、これから審議される国語の教科書に収録されているのですが、そこにこんな授業を受けたという内容があるんですね。「戦争には、たくさんの原因がある、と先生は言った。戦争だけではなく、国と国との間の事件には必ず複雑な背景がある―それを単一原因論に短絡させてしまうのは、歴史に対する暴力だ―と先生は授業を閉じた。」と。これは猪口さんが国際政治学者としての道を歩むきっかけになったことだというふうに書いておられます。

 これらの議論、研究から見ますと、いくつかの原則が確認できるんですね。一つは、歴史は科学であると。自然科学と完全に一致しないけれども、少なくともその手法というのは科学であるということをきちんと押さえなければならない。二つ目は、歴史をひとまず現在の目的から切り離して考えようということです。問題意識というものは不可欠ですから、これはいいのですが、惑わされてはいけない。過度に現在が過去に侵入してきては駄目だということだと思うのですね。そのために因果関係の推論というものは科学的に行わなければならない。具体的には確実な史料、事実に基づいて、徹底した史料検証、評価というのが必要になってくると思います。三つ目はなるべく単純思考を避けるということ。決めつけないでできるだけ多くの視点から多くの要因を見つけていくという、そういった姿勢が大事だと思います。さらに具体的に言うと、複雑系がもし歴史の本質の一端であるとすれば、起きた出来事というのは、その場所で起きたという合理性、独自性を持っているということです。だから何故そこで起きたということが理解可能であるということです。また、よく似ていてもそれは独自であり、実は違うものであるということ。簡単に「歴史は繰り返す」と言いますけれども、安易な歴史法則はないんだということをやはりきちんと確認しておかなければなりません。

 次に、歴史にはその時代独特のルールがあるということです。その時代固有のルールがあるということです。今の価値観からすると、何故こんなばかなことをやったのかといった発想がよく出てくるのですけれども、それは違うのではないかと。東京大学史料編纂所の山本博文さんがこのようにお書きになっております。現代の感覚で安易に過去を見ないことが大切だと。歴史の偶然を取り込みながら歴史を動かしている、その時代固有の時代的な要因というものがあると。それはやはり一つの大きなポイントであると思うのですね。考えを推し進めると、フランスの哲学者、フーコーの主張する「言説」ということも行きあたります。人を動かすについて、直接的な脅しだけではなくて、制度や文化など時によって普遍的と思われるような価値観さえも私たちを拘束しているんだと。そこに注目しなければならないんだと、そういったところにも行きつくんですね。

 「語りえないもの」と申し上げましたが、それにも注意しなければならない。歴史で沈黙を強いられた多くの人がいる。こういった方々はアジアにも世界にもたくさんいるはずです。日本では、例えば原爆の被害者の方々やシベリアの抑留者の方々。この審議をするにあたって、皆さまからたくさんの葉書などを頂戴いたしました。私あての葉書を1枚ずつ読みましたけれども、その中で、「私の父は終戦の前日に行方不明になりました。いまだにどこに居るのかわかりません。北朝鮮で」と書かれており、胸に突き刺さりました。あるいは終戦の直前にソ連が参戦してきておりますから、その時のソ連が占領した、満州、北朝鮮、樺太、そこに収容された人も65千人ともいわれておりますので、あるいはその中であったのかもしれない。残念ながらその65千人の方というのは、シベリア抑留の範囲に入ってないのですね。教科書においては、そういうシベリア抑留について本文中では全く触れないで、(注)だけで済ましたものがあります。こういった葉書にある方のことも忘れてはいけないんだというふうに特に思います。

 私の父も三たび招集を受けておりましたし、叔父は戦死いたしました。叔母は何年たっても軍事郵便というものを大事にしておりまして、優しい人であったと涙をこらえていたのを今もはっきり覚えております。やっぱりいろいろな思いというものを大切にしながら、何があったのか、何故起きたのかということを、静かに多角的な観点から勉強できるような教科書が私は必要ではないかと思います。

 それぞれ教科書を拝見させていただいて、一つ驚いたことは、現代の文化がまったく書かれていない教科書がある、ということです。ほんのわずかしかない。湯川秀樹さえ出てこないという教科書が複数ございました。文化というものは幅広い人々の営みを表すもので、ちょっと容認できない現状にあるなと思いました。

東京書籍ですが、被差別部落の歴史、戦いというものを詳述しています。島村藤村の「破戒」の抄録を採り上げて、部落差別の戦いの実態を彷彿させる内容となっており評価できると思います。震災についても国際的な視点を紹介しておりまして、日本で繰り返し起きた大災害に対してどのように乗り越えようとしたのか、ニューヨークタイムズがどう見たのか、そういったことも紹介しております。非常に多くの出来事がこの教科書には盛られておりますが、歴史的事象の意味、何故それが起こったのか、その因果関係についてそれほど深く書かれているとは私は思いませんでした。それから今日の北方領土問題の起因となったヤルタ会談については、この秘密協定に基づいてソ連が満洲や朝鮮に侵攻してきたという記述はあるのですが、スターリンやルーズベルトが、ソ連参戦の見返りに千島列島を領有するんだということを約束したことは取り上げていないのですね。今日の北方領土問題の起因となるところです。領土について関連するのですが、誤解を招く部分があるのではないかなと思いました。サンフランシスコ平和条約の1条と2条を掲載しているのですが、その中に「日本国は、千島列島と、ポーツマス条約で得た樺太の一部に対する全ての権利を放棄する。」とあるだけなんですね。千島列島の中に北方領土が含まれているのかいないのか。北方領土4島は含まれていないときちんと書かないとですね、この条文だけを見た人からは全て放棄したんじゃないのかという誤解を生むこととなってしまいます。

 教育出版ですが、これは非常に面白いと感じました。見開きのタイトルですが、その時代を象徴するキャッチコピーが掲載されているのですね。例えば、「クリスマスまでには帰れるさ」であったり、「満州は日本の生命線」であったりです。前者は戦争に対する人々の楽観と現実の落差、後者は満州に対する軍や大衆の認識を表現しています。しかし未消化の部分もあるのですね。明治憲法について、「憲法の条規により之を行う」と。あるいは「憲政の本義を説いて」という見出しが大きく載っているのですけれども、本質を衝いているのですが、本文でその意味が十分に説明されているのかというとそうでもない。そこが惜しいなと感じました。それから敗戦直後の記述なのですけれども、「リンゴの歌」というのが登場します。「戦争中の統制が解かれ、人々の間には自由と平和になった解放感が広がっていました。街には「リンゴの歌」などの明るいメロディーが流れ、娯楽や文化もしだいに復興しました。」とこういう記載があります。Wikipediaによると、エピソードがありまして、これを歌ったのが並木路子さんという歌手なのですが、最初歌い方が暗かったんですね。作曲家の万城目正さんが「明るく歌ってくれ」と注文したのですが、歌えなかったと。戦争で両親とお兄さんを亡くしていたんですね。それを聞いた万城目さんが「君一人が不幸じゃないんだよ」と説得してようやく明るい歌声になったのですね。つまり明るい歌が流れたからその時代が一気に明るくなっていたんじゃないんですね。苦しい中で明るくしようとしたのがこの歌なのですね。別の観点で「星の流れに」という別の歌があります。中国から着の身着のまま引き揚げてきたけど家族もいない、闇の女に身を落とした、毎日新聞に投書されたそういった実話をもとにつくられた歌です。「リンゴの唄は戦後の「夢」でしたが、「現実」はその対極にありました。」そう、6年程前に朝日新聞が書いた記事がありましたが、史料の評価にやっぱり問題があったんじゃないかなと思います。また、この教科書では「リンゴの歌」と書かれているのですが、ふつう「リンゴの唄」と表記されます。どちらが正しいのか分かりません。

 帝国書院ですが、これは新たな試みが見られると思います。多くの資料の最初のところに「タイムトラベル」というコーナーがあり、その時代のイメージを描いております。他の教科書にはない非常に面白い点だと思います。問題があって、これはあくまで学習の補助のために描かれたイラストで、描かれた時代の歴史的史料ではないのですね。後世の歴史家が教科書に書かれていたから、この時代はこうだろうとする根拠にはできないと思うのですね。言ってみれば、非常によく時代考証が行われた大河ドラマのイラスト版であると。

それから坂本竜馬の暗殺について犯人は誰だろうと、仮説をたてて歴史を理解させようという試みも見られます。定説がないので非常に考えさせられると思うのですね。しかし生徒たちに仮説を考えさせる材料は、教科書が示した3つの資料に限定しているのですね。これに基づいて考えようと。でもなぜ図書館で調べたらいけないのでしょうか。なぜネットで調べて議論を発展させてはいけないのでしょうか。そういった仮説は必ず検証しないといけないのですが、その根拠となった自分が主張した史料の検証、全体の仮説の検証、そういった手続きが書かれていないのですね。

また、中江兆民の著作から3つの意見を紹介して、自分の意見と近いのはどれだと尋ねております。これは現在と過去の見方の違いを認識させることで非常に大事で基本なのですね。しかし目的が達成されているかというとそうでもないのですね。このコラムの答えをきちんと探そうとすると、大分教科書の先を読まなければいけない。入欧、脱亜の順をきちんと理解しなければいけないのであって、これは生徒が確実に身につけることができるのかという問題点があると思います。

それから「歴史を探ろう」には、「発展する産業都市 大阪・神戸」というのがあって、非常に詳しく書かれており、関西に住む者にとって非常にうれしい記載です。ただ残念なのは、阪神間の文化に重きを置いているのですね。阪神間のモダニズムに対して大阪には松竹の文化が花開きました。千日前には映画や、演劇、水族館まであったと。今年は道頓堀の掘削から400年という節目ですが、道頓堀は鰻屋が少年の音楽隊を持って、玉造出身の服部良一氏がジャズを演奏して、笠置シヅ子氏が戦前と思えないようなリズム感で歌っていた。そこを触れてほしかったなと、大阪市民としての願いなのですね。

 次に日文について申し上げたいのですが、浪速区の両川口津浪記の石碑を取り上げておられます。これは評価できる点だと思います。「プラスα」というコラムがあって、戦後補償問題や領土とか、わかりやすく記載されていることで非常に好感を持ちました。ただ一点疑問を呈したいのは、原爆投下の取扱いです。明日86日は広島に原爆が投下された日となります。この教科書は、まず「どうしてアメリカは原子爆弾を広島・長崎に投下したのかな。」と、イラストの少女に問いかけさせているのですね。この質問は曖昧で二通りに読めるのです。その一つの読み方は、広島・長崎にどうして落としたのか? 軍事施設があったので当然のことだったと非常に短絡的な読み方もできるのですね。もう一つの読み方は、どうして日本に原子爆弾を落としたのかと受け止めることができます。その答えをこの教科書から探すと、「アメリカは、戦後の世界でソ連に対して優位に立つことも意図して、…原子爆弾を広島に投下し」と書いてあります。「も」ということですが、それが何かは書いていないのですね。ただ直前に「日本政府は、この宣言(ポツダム宣言)を無視しました。」とありますので、この教科書から学べることは、アメリカがソ連に対して優位に立つこと、日本がポツダム宣言を無視したこと、この2つなのですね。これを見て考え込みました。当時の鈴木貫太郎首相が記者会見でポツダム宣言をただ黙殺すると言ったのは728日なのですね。しかしその4日前にトルーマン大統領は原爆投下を承認しており、沖縄、硫黄島で予想外の犠牲者を出した、開発費用が20億ドルにもなったという米国側の事情があります。一方日本側の事情として、当時ソ連に和平の仲介を求めてそれに期待をかけており、それを明らかにできないという事情があった。ヤルタの密約など知る由もないわけですね。さらに多くの事情を無視して、たった二つの事柄に集約して分かった、終わりということでいいのでしょうか。重い問題なのに無邪気に聞いて簡単に答えていいのかどうか。

 例えばこの問題について、東書を見ますと、ポツダム宣言を受け入れなかったことがすぐに原爆投下に続いているのですが、そのあと4ページにわたって原爆ドームの歴史というのを記載しております。犠牲者の楮山ヒロ子さん、佐々木禎子さん、そしてその2人を語り継ごうとしている人たちの努力を丁寧に伝えているのですね。私は、安直な質問をする教科書よりも東書の方が誠実であろうと思います。いま山口県でボーイスカウトの世界大会が開催され、参加者が広島を訪れるというピースプログラムをやっております。その一方で核不拡散条約の再検討会議で、日本が各国首脳と青年に広島、長崎を是非訪問してほしいと提案したのですが、これに対して「歴史を捻じ曲げる手段」、「日本は自らを加害者ではなく被害者として描こうとしている」、遂には「もうたくさん」という国の主張により、盛り込むことはできなかったのですね。またクリミア紛争ではプーチン大統領は「わが核戦力を完全な臨戦態勢に置いた」と、こういうふうに言っているのですね。

 こういう状況においてたった2フレーズの暗記というのではなくて、やっぱり真剣にこの問題に向き合っていく姿勢、そういう教科書が私は必要なのではないかと思います。

長くなりましたが、このあたりで打ち切って次の機会にお話ししたいと思います。

【大森委員長】 資料配布を行いますが、組織としての教育委員会の考え方、見解を示す意図ではございません。委員長として代表としてではなく、あくまで委員の一人としての個人的な意見を表明するにあたって配布させていただくものでございます。

 資料を参照しながら、私の意見を申し上げていきたいと思います。

 まず、「中学校社会科(歴史的分野、公民的分野)教科書と社会観・歴史観について」をご覧ください。歴史の教科書につきましては、本年が戦後70周年ということもありまして、また、中でもこれまで歴史教育の中で近現代史の教育が十分でないということ、他の国々の青少年と比べ、それだけでなく大人も知識、見識が十分とは言えないと思いますが、諸外国、とりわけ近隣諸国の青少年と比べてどういった状況にあるかと考えると、本当に今の子ども達というのは、どういう意見、考え方、歴史認識、社会観を持つにしても、そういった面が弱いという子ども達が非常に目につくというのが現実であろうと思っております。

 そういう中で問題提起したいのは、これまで政治的中立性ということに囚われるあまり、世の中には歴史にしろ、あるいは現代の社会にしろ様々な対立した見解があって、いわゆる争点があって、それについては唯一の正解があって先生が正解を教えてくれるとか、教科書に正解が書いてあるとか、そういう単純な話ではないのですよということを、きちんと踏まえた教育を、とりわけ歴史と公民においては重要な観点であると捉えております。

 戦後70年であるともに、現在安保法制というものが非常に大きな国内での政治的争点となっているわけで、同時に歴史認識の問題と安全保障の問題については国内及び諸外国との関係においても非常に絡み合って論じられ、見解がわかれ争点となっていることはご承知のとおりでございます。

 資料の1ページでございますが、「1.非政治化した社会科教育」とございますが、冒頭申し上げたとおり、社会科で教える中身は政治的中立性の要請、それ自体は非常に重要ですが、そうするとあたかも政治的論争があることを避けて通るような教育となってしまっている、非政治化しているということは総務省の研究会の報告書であるとか、そういったところでも問題とされている点でございます。いってみれば、非政治化というのは社会観とか歴史観を回避しているということができると思います。

 「2.主権者教育の視点の重要性」というところですが、ご承知のとおり公職選挙法の改正があり、来年の参議院選挙からこれまでの20歳から18歳以上が有権者になると決まっているところです。20歳のままであっても、現在の若者、あるいは有権者全体の投票率の低下傾向が非常に大きな、民主主義を揺るがしかねない大きな課題であると認識しております。そこで、「国や社会の問題を自分の問題として捉え、自ら考え、自ら判断し、行動していく新しい主権者像」といったものが求められていると、これは総務省の研究会報告書に記載されておりますが、私自身も同意するところでございます。

2ページの冒頭にありますが、教師や教科書から唯一の正解を教わり、それを覚えるという学習法から脱し、自ら考え、自ら判断する機会を提供する授業法と、歴史事象や社会事象について異なる視点からの別々の解釈を知ることができる、そういった教科書その他の教材、あるいはそういった教育のあり方が望まれると私個人は思っているところでございます。

それから非政治化、争点を避けていると言いましたが、それと180度逆にですね、本日議題となっております社会科教科書の採択、あるいはその前の検定について政治争点化していることはご承知のとおりでございます。今般の教科書検定、検定の結果公表がありましたが、それを受けた新聞各紙の社説を見ても論調が真っ二つに割れていることが現実でございました。改善を評価する論調とそれに対して批判的な論調に大きく分かれておりました。また、本日審議しております教科書採択につきましても文部科学省より、静謐な採択環境を確保するという指導通知がなされていることはご承知の通りだと思います。これはとりわけ社会科を念頭において出している通知であることは間違いございません。

このように教科書が政治争点化してしまっているわけですが、日本の教科書が極めて政治性が高いものなのかいえば、これは諸外国の教科書と比べますと、日本の教科書は極めて政治性が薄いのですね。資料に書かれていることは高校の教科書についてですが、中学校の教科書につきましても大きく変わるものではないと思っております。高校の教科書についてスタンフォード大学の研究プロジェクトにおいては、中国・台湾・韓国・米国と比べて、日本の教科書は「愛国心をあおることが最も少ない」、「物語的な記述をほとんど省いた、無味乾燥ともいえる年代記となっている」とされておるところでございます。ところが、正直に言いまして、ここで挙げられている諸国、それ以外の国々も含めて、多くの国において、日本と比べて自国中心的と言いますか、無味乾燥というものではない、逆にいえば面白いわけですが、しかしある意味では一方的な見方を躊躇なく採っている教科書が多いわけでございます。つまり日本の教科書は、よく言えば学問的で確認された事実に近い線を、年表的に淡々と重要語句を並べているものに近いわけですけれども、それにもかかわらず過去30年間程、国内のみならず海外におきましても日本の教科書は論争の的になっておりまして、日本の教科書は、子ども達に近現代史の日本が行った侵略ですとか、植民地支配ですとかそういうことをやっていないかのように、ひた隠している、あるいは歴史の事実を消していると、特に英語メディアを中心にアメリカやイギリスとかですね、影響力の大きい英語メディアがそういう見方、イメージを流してきた何十年間であったことは間違いないわけでございまして、私、過去の職歴上、実際に日本の教科書の英訳を行った経験がありますが、英訳をアメリカやイギリスの有識者、メディアの記者に見せると、なんだいっぱい書いてあるじゃないですかと、植民地支配の事も書いてありますし、戦争、侵略の事も書いてありますし、まともな教科書じゃないですかと、なぜ日本の教科書こういうふうになっているのかと、そういった経験をいたしました。要するに、諸外国の教科書に比べて日本の教科書はよく言えば客観的、悪く言えば無味乾燥、そういったものであるにもかかわらず、日本の教科書はすごい偏った教科書であるといったイメージが海外に流布されているというのが現実でございます。

 日本国内で歴史をどういうふうに認識するかということが、見解が一致していない、ある意味両極端に分かれていて、国民の多数はどうかというとあまり関心がないという、個人的には不健全な状況にあると思っております。

 4ページに書いておりますが、例えば、日本国民の多くは、中国や韓国の国民ほどに強い関心を持ってきたとは言い難く、この問題に強い関心を有する者は、政界やマスコミを含め、左右に両極化する傾向があったことは否定できないと。この左右対立構造というのは戦後政治の基本構造であったわけでございます。冷戦の終結といわれる、つまり共産主義の敗北、自由民主主義と市場経済の勝利によって経済的なイシューとか、民主政治のあり方とか、そういったものについては、その対立構造が雲散霧消したかのように思えますけれども、安全保障の問題、それから憲法の問題、それと複雑にからんで歴史的認識の問題については、依然として戦後政治の左右対立構造が維持されているといって差し支えがなかろうと思います。

 4ページの一番下から4行目に書いてありますけれども、私としてはそもそも今の若者は大人の一部が関心を持っている、しかもかなりお互いに寛容でない対立構造ですね、そういう中で、そもそもイシューがどういったものか、関心もないしわかっていない若者が多いと。大学で教えていても感じるところでございます。そういった問題に限らず広く、経済、社会についてですね、広い社会について関心を持つ機会が少ないという現実が今の若者にはあると。なので、このような見解の相違というものは避けて通るべきでない、争点に触れてそれを理解した上で、自分の頭で考える、そういったことが大切であろうと思うわけです。

それから5ページのほうに参りますけれども、左右に2極化した教科書問題をめぐり対立構造、先ほど申し上げたとおりですが、ただ私が付け加えたいのは、大多数の国民があまり関心を持っていない中で、強い関心をお持ちの方々、その職業はいろいろであるでしょうけれども、その中で、本文5ページの4行目あたりから書いておりますが、対立しているようにみえても、異論を許さないような空気や、ある種の不寛容さが、似ているなと、これは個人的な意見ではあるが、感じるところでございます。それはひと言でいうと、個人の尊厳、個人の自由よりも、集団主義的な指向性ですね、非寛容です。ストレートな言い方をすれば独善、自分たちの意見が善なのだから、それと反対の意見を持っている連中は許しがたい、それに対してどんな痛罵、罵声を浴びせても、攻撃をしても、法律に触れない限りは良い、とでもいうような不寛容や独善を感じることがあります。右や左の立場の方がみんなそうだとは申しませんが、そういった時、そういった方も見受けられる、といっても間違いではないと思っております。

 そのページの2段落にも書きましたが、戦後政治の対立構造、左右の対立と言いましたが、具体的にどのような主張がなされていたかといいますと、いわゆる左派は、護憲、平和主義の徹底による平和、戦争に巻き込まれかねないアメリカ追従からの転換、歴史認識、領土問題をめぐる、中国・韓国の主張への理解、そういったものを唱えてこられた。それに対して右派、あるいは保守は、改憲、日米同盟の維持・強化、自衛隊による防衛力整備、自虐史観からの脱却などの推進を図ってきた。なぜかこれらの政策というのはだいたいセットになっている。歴史認識の問題と、安全保障の問題を右の方、左の方というのは立場がセットにならないと落ちつかないようで、例えば、日本の戦前・戦中の歴史の正当化・美化と受け取られられかねない復古主義的な志向性、戦後日本は精神がおかしくなっている、腐っているという言説をときに拝見するが、戦前の日本にはそんなに素晴らしい精神性があったのかと個人的には疑問を感じるところもあります。戦後日本こそ素晴らしい、戦後の日本を築き上げたのは右派、保守派の方々ではないですかと、なぜ戦後日本をもっと美化、正当に評価し賞賛するのではなくて、なんとなく戦前の方がよかったというような意見を述べられる方をときに目にする。右派、保守派の方がみんなそうだとは言いませんが。私の意見としては、反省すべきことは反省せざるを得ない、他方で現代社会における、安全保障、外交の問題については、リアリズムをもって、現在の日本が戦後達成した、豊かな安全で自由な社会、これを保持するために、ただ日本は悪いことしませんよと言っておれば、日本の安全が保証される環境には、戦後直後も含め、今も残念ながらないわけで、安全を保証するためにはどうしたら良いか、平和国家としての基本を守りながら、妥当な範囲の防衛力にしろ、日米安保にせよ、どのように整えていくかというリアリズムが現代の問題に対処するうえで不可欠だと考えている。ところがそういう取り合わせは、右にも左にもたくさんはいらっしゃらない。

冷戦の総括と戦後史に関する歴史認識の必要性と書いていますが、戦後日本の自由民主主義と市場経済の路線でやってきたのは自民党を中心とする保守政権でありました。それに対して、昔の言葉だが革新政党、社会主義色の強い、それに併せて非武装中立を唱える、社会主義陣営、東側陣営は幸いなことに、現実の日本の政策進路にはなりませんでした。結果として冷戦の終結、現実的には共産主義が敗北したということであり、失敗したということであります。自由民主主義と市場経済が統制・計画経済と一党独裁に勝るということが明らかになりました。保守派が誇るべきは戦後日本であると私は思います。ところが、戦後日本の擁護者のように振る舞うのは左の方々でございます。そういうイメージが確立しているのではないかと思っております。

詳細に紹介できないのが残念ですが、5ページの一番下の段落にも書いておりますが、別添2でもありますが、歴代首相の国会演説など、これに対する野党、革新政党の国会質疑を振り返ると、非常に面白い。なにが面白いかといいますと、冷戦における西側陣営である日本の保守政権の成功が浮き彫りになる一方で、当時の革新政党の路線、社会主義陣営=平和勢力、資本主義陣営=戦争勢力という図式や資本主義諸国の内部矛盾云々など、随分長いあいだ社会主義陣営寄り、左寄りであったことがよくわかります。

今は言う人はいなくなりましたが、冷戦が終わるまではいわゆる進歩的文化人と呼ばれる方が優勢であったことはご承知のとおりでございます。当時は共産主義国が地上の楽園であるとの言説もございました。今日、冷戦を総括している方は少ないのでは。イデオロギー対立は終わったとうやむやになってしまっています。ただ、現在の歴史認識をめぐる対立、安全保障法制をめぐる対立には明らかに、そういった方々が平和の旗印だけは保持して、そこに環境などという新しい旗印を加えてやっておられるというのは間違いありません。もうひとつ、人権です。非常に気になるのは人権についても、そういった方々は、共産主義国の圧倒的な恐怖政治、殺戮、強制的な人間の収容、もちろん言論の自由なんてない、非人道的な差し迫った人権に対してあまり問題にせずに、日本をはじめ、資本主義国で達成されている人権の不備を追求するのは極めて熱心であるという現状があると思っております。

私としては冷戦の総括というものが、非常に重要であると考えております。先の大戦と冷戦を経た、普遍的価値を重視して、とりわけ歴史・公民の採択にあたりましては、教科書の文章をどう書いてあるかを見るためにこういった文書を整理いたしました。歴代の首相の演説も整理いたしましたが、少なくとも公には、21世紀の人類がようやく到達した、一般的な人道的な普遍的価値についてしか述べておりません。戦前の軍国主義的な意見や、戦前は良かったが戦後は精神性が堕落したなどということは一言も書いておりません。戦前を美化する復古主事の志向性は微塵もない。あるのは、個人の自由と尊厳、自由主義と市場経済、自由民主主義、基本的人権など、いずれも全体主義や戦争の惨禍を経て、21世紀の人類が到達した普遍的価値でございます。これらの普遍的価値こそ、個人的な意見ではございますが、社会科教育ならびに社会科教科書において、次代の生徒に伝えていく、社会観・歴史観として強調すべき価値観ではないかと考えております。現実の政治に責任を負う立場、わたくし共のように教育行政に責任を負う立場からすれば、やはりそういったことを重視していく必要があるのではないかと考えております。また、現在の安倍首相がアメリカの議会の両院合同会議で演説をされましたが、そこでも普遍的価値の道を歩むことを述べておられます。

歴史と現実を踏まえた安全保障観の重要性につきまして、個人的な意見ではありますが、普段考えない人もじっくり考えれば同意される方が多いと思いますが、戦前の軍国主義が現在の普遍的価値と相容れないことは論をまたないことである一方で、かつての共産主義陣営を平和勢力とみなして、反戦・反米など、自衛隊と日米同盟に否定的な安全保障観は健在でございます。これは国民に対して責任ある立場と言えないと考えます。残念ながらと言っていいと思いますが、共産主義・社会主義など普遍的価値が通用しない国家の存在は、現在もアジアにおいて現実であり、東アジアでは普遍的価値が共有されず、我が国を取り巻く安全保障環境は厳しい。普遍的価値を共有する、自由で民主主義的な国家同士は戦争しないという学説もございます。残念ながら、日本と近隣諸国との間では、その条件がみたせているとは言えないのが現状であります。冷戦時代、日本の進路を誤りかねなかった、非武装中立、実態は社会主義陣営に肩入れする、していた方々を後継するような方々がおっしゃっていることは、本当に信頼性があるのかということを疑問に思わざるを得ません。平和国家としての基本は大切にしながら、リアリズムに立って、一定の安全保障の方策を講ずるバランス感覚、間違っても戦前は美化しないという感覚、そういったものが今求められていることだろうと考えます。

ただ、子どもたちに、これを一方的に押し付けるのではありませんが、現状は、左側の人たちの意見・見解のセットと、右側の人たちの意見・見解のセットしかなく、大半の国民は強い関心はない状況でこれまできているのが日本の状況です。社会観・歴史観を回避しない教科書評価の必要性ということで、一委員としての意見ではございますが、以上のような観点で、歴史と公民の教科書を見る、読むということ、20世紀の大戦、冷戦を経て、今日21世紀の人類が到達した普遍的価値、これを重視して、教科書の記述を見ていきたいと考えました。教科書の記述をみることが何より大事ですが、その際の観点も必要であると考えてこのような資料を作成し、自らの頭を整理いたしました。

もう一つは、高尾委員から歴史とはどのようなものか、いろいろお話がございましたが、ちなみ日本の歴史学者の方々がどのような方々かということを見るために、「歴史学関連諸学会の政治的な意見表明・運動について」の資料では、6つの学会のうち、史学会を除く5つの学会が様々な意見表明や運動をなさっています。政治的な運動を何故か科学運動とおっしゃっております。科学運動というのがよくわからないのですが、おそらく、マルクス主義関係なので科学的社会主義と称して、ほかのものは非科学的とする独特の用語の使い方であろうと思われます。ウェブ上の資料から、学会ごとにどんな意見表明をなさっているか、要望や意見表明のタイトルだけを並べております。よりわかりやすいのは、5ページからの「意見表明・運動の対象となっている政治的争点」で、教科書、国旗・国歌、大阪関係、いわゆる慰安婦の問題、建国記念の日について、サンフランシスコ平和条約、外交・安全保障について、特定秘密保護法などが挙げられております。中身については声明のタイトルを見ていただければ、だいたいどういう中身かお分かりいただけるかと思います。

これらをみれば伺い知ることができますが、個人的な意見ではなく客観的事実と言えると思いますが、戦後の歴史学は日本の場合はマルクス主義歴史学を中心としてきました。これは公然・周知の事実でございます。近年マルクル主義以外の歴史の見方も増えていますが、冷戦が終結して共産主義が敗北して以降も依然として、マルクス主義歴史学の影響力が大きいと言えます。歴史学は政治的争点・見解などから離れて客観的にみんなが合意する、歴史の真実が直ちに導かれるわけではない、ということを考えるべきであると申し上げるために、学会の意見表明を紹介いたしました。

高尾委員がおっしゃったように、歴史というのは現代の我々の視点・価値観から裁断するだけではだめです。『もういちど読む山川近現代史』の「はじめに」の文章にもありますが、「時代状況を無視して今日的価値観により歴史を裁断する傾向をまぬがれない。しかし、歴史を内在的にとらえるためには、まずなによりも、その時代に生きた生身の人間たちがどのような価値基準に基づいて、なにを考え、なにを目標に行動したかを、歴史状況に則して理解することが必要不可欠といえよう」。「超歴史的な一元的価値基準に基づく、いわゆる『イデオロギー史観』(たとえば戦前の『皇国史観』、戦後の『人民史観』『階級闘争史観』など)」、これはいわゆるマルクス主義史観でありますが、これらは、「事実を事実として多角的に歴史を直視する柔軟で広い視野を失わせ、単純な『善玉・悪玉的』歴史理解の弊におちいりかねない」。これはまさに私が申し上げた、異論を許さない不寛容さあるいは独善というものに関わってくるというように思います。

ですから現在の価値観からだけで裁断してはいけないのですが、でも我々は現代の社会を生きているわけで、そこでE.H.カーの書籍から紹介します。「歴史とは何か」の答えは、「歴史家と事実との間の相互作用の不断の過程であり、現在と過去との間の尽きることを知らぬ対話なのであります」とあります。そのほかも紹介したいですが、現代の価値観で裁断すべきではないが、同時に現代に生きているわけで、現代の価値観を持ちながら、当時に人たちはどうだったのか、明治期の日本はどうだったかと、大正の日本は、昭和初期の日本はどうだったかを一方的に断罪するとか、逆に賞賛するのではなく、当時のほかの国と比べてどうだったか、ほかの国がやっていたこと、民主主義の成熟度、海外での植民地支配等々、どういう行動が一般的であったのか、そういうことを見て、かつ、現代からすれば、特にヨーロッパ諸国などは今の状況と全然違う、国内では人権が重視されるようになっていたと思いますが、海外ではとんでもないことが平気で行われている、その当時の状況をよく考える必要があります。ロシアなど日本に近いヨーロッパがどのような状況であったかも考える必要があります。

以上の観点でわたくしは教科書を見ていきました。わたくしとしては帝国と育鵬社の2社が、わたくしの問題意識から見て比較的バランスが取れております。子どもたちにイシューの存在を理解させながら、文脈が理解できるよう書かれ、あまりにはずれたことは書いていないということで、帝国書院と育鵬社を対比させていただいております。資料化したのは近現代史に着目した部分でございますが、テーマを取り上げて、教科書の実際の記述をここに抜粋しております。1つ目のテーマが「大日本帝国憲法と帝国議会」、2つめが「日露戦争の日本と世界への影響」、3つめが「ロシア革命と共産主義」、4つめが「世界恐慌後の全体主義の台頭」、5つめが「満州事変と軍国主義」、6つめが「先の大戦とアジア」、7つめが「占領下の民主化と日本国憲法」、最後に「冷戦の終結」。

これらについてどうわたくしがどう評価したかを申し上げたいのですが、時間が全くないので省略します。結論だけ申しあげますと、わたくし個人としては、帝国と育鵬社がさまざまな観点から強みと弱みが違う、どのテーマにおいてそれぞれ強み弱みがあるかを説明したいが、時間がないので省略します。トータルで見た場合、悩むところではありますが、個人としては帝国書院を総合的に高く評価いたします。

では、各委員の皆さんに、どの教科書を推すかをわかるように端的に意見を述べていただきたいと思います。時間もありませんので、わたくしから順に指名いたします。帯野委員はいかがでしょうか。

【帯野委員】 帝国書院と育鵬社の2社が優れているのではないかと考えます。その中でも育鵬社が最も適切であると考えます。

【大森委員長】 ありがとうございます。高尾委員はいかがでしょうか。

【高尾委員】 ご理解いただくには説明が必要なので時間がなくて残念ですが、わたくしは育鵬社を支持します。

【大森委員長】 西村委員はいかがでしょうか。

【西村委員】 わたくしは帝国書院がいいと思います、次に育鵬社です。

【大森委員長】 林委員はいかがでしょうか。

【林委員】 私の観点としては、日本の将来を担っていく、中学生に歴史から成功や失敗の教訓を学んでほしいと思っています。特にアジアの極東に位置する日本が、4世紀ごろ国として形作られてから、近隣の諸国とどのように交流をしてきたか、また国として付き合ってきたか、さまざまなことが起こりますが、その事実を知るということと、江戸時代最後に鎖国をといて、西洋の列強やアメリカを含めていろんなことが起こってきますが、日本という国を守るために、どのように考えどのような努力をしてきたか、いい面悪い面含めて事実をしっかり子どもたちに教えたいと思います。その観点から歴史を大きな流れと受け止められる教科書として、私は育鵬社が一番適切と考えます。同じ観点から考えて次に適切なのが帝国書院であると考えます。

【大森委員長】 はい、ありがとうございます。わたくしの意見は先ほど申し上げましたが、最も適切と考えるのは帝国書院、2番目に優れていると考えるのは育鵬社と申しあげたいと思います。これで委員の皆様からはっきりと意見を伺ったわけですが、帝国書院を推しておられるのは2名、育鵬社を推しておられるのが3名となりました。2番目にいい教科書として育鵬社を推しておられる方、帝国書院を推しておられる方がいるという状況でございます。今まで委員間で議論してきましたが、教育長も委員のお一人でありまして、同時に教育長は事務局としての立場もあるわけですけれども、どのようにお考えかご発言をお願いします。

【山本教育長】 ご指摘の通り事務を預かる立場でございますので、委員の多数の意見を尊重したいと考えております。

【大森委員長】 はい、ありがとうございます。では時間もございませんので、ここでご意見はしめたいと思います。これまでも委員の皆様は教科書を手に取られるだけでなく、さまざまな観点から調査研究いただいてきたと、その過程では答申を参照しながら、そして事務局からの専門的な助言も得ながら、調査研究及び検討を進めてきました。本日の審議におきましても、結果としてはどの社の教科書を採択するべきか意見が分かれました。したがって、この後、帝国書院と育鵬社の2つの発行者について採決を行い、1つの発行者に絞り込むこととしたいと思います。同時に採択にもれた発行者の教科書を取扱いについては、この後公民の教科書の採択に移りますが、公民が終わってから私のほうから1つのご提案があります。それではまず歴史の教科書を決定するための採択に移ります。それでは挙手をお願いいたします。

 帝国書院を採択するべきとお考えの委員は挙手をお願いします。

(大森委員長、西村委員 挙手)

【大森委員長】 はい、ありがとうございます。西村委員とわたくしの2名ということです。次、育鵬社を採択するべきとお考えの委員は挙手をお願いします。

(林委員、高尾委員、帯野委員、山本教育長 挙手)

【大森委員長】 はい、ありがとうございます。ということで育鵬社の採択に賛成の委員は、林委員、帯野委員、高尾委員、および山本教育長の4名ということで、歴史の教科書については育鵬社を採択することが決定いたしました。

続きまして、社会科の最後の種目、公民の採択のための審議を行ってまいります。

さきほどの歴史と同様に注目の高い教科書でございますので、慎重に議論をしてまいりたいと思いますので、よろしくお願いします。それでは各委員からご意見を伺いたいと思います。

【帯野委員】 まず公民というなじみにくい教科をわかりやすく解説しているのが日文と育鵬社であると感じました。特に育鵬社は、なぜ公民を学ぶのかというところで、地理を空間的な広がりと横軸と位置付けて、歴史を過去から現在、それから未来へ向かう時間的つながりと位置付けたなかで、公民を家族・地域・社会・国家それから国際社会を学ぶ科目という概念図で示しているのが、非常にわかりやすく解説されていて優れていると思いました。

一方で日文ですが、非常によくまとまっていて使いやすい教科書であるというふうに感じました。「明日に向かって」という特設ページで社会とのかかわり合いを実感するように工夫されているというところなどは評価に値すると思いました。例えば、私たちの生活と経済のなかで「金融スキルアップ」というところがありますが、自分と社会へのお金の活かし方についてというところで、金利や株式投資について「やってみよう」型で学ばせるような工夫がされていると思いました。私はかねてからお金のかかわり合いについて子どもの頃から金融投資に関するセンスを養わせるということは大切なことだと思っておりましたので、そういう点では日文を評価したいと思います。

【西村委員】 日文は、挿絵のバランスもよくて、レイアウト全般に読みやすいと思います。育鵬社は、様々な問題について理解を深めるという形で、具体例をもとに子どもたちの考えを促していると考えます。自由社は、導入部分で各単元のテーマについて問いかけが設定されてありますが、ページの最後には「ここがポイント」で簡単に解答を与えており、思考力を高めるためにはもう少し工夫ができるのではないかと思います。

【林委員】 日本文教出版の教科書は、全体的に非常にわかりやすくできているなというふうに感じました。選定委員会の答申も資料の造形、写真等が大きくて見やすく、教科書との関連が的確でわかりやすく配慮されているとあります。子どもたちが政治的な部分とか国のしくみ、行政等について興味を持つことはなかなか難しいように思いますけれども、日文の教科書は、具体的に身近な例を取り上げて興味を引くような記述が多かったように思います。

帝国書院につきましても、写真や図、イラストなどが大きく掲載されており、見やすく理解しやすい教科書になっていると思いました。また、帝国書院では、地方自治に関しての具体的な取組を取り上げ、身近に感じられるような部分もありました。

また、教育出版の特徴は、東日本大震災のことを多く取り上げていることであり、防災、減災の意識を子どもたちに持ってもらって、今後どう対応していくかっていうことを考えるということで、大切なことだと思います。もう1点注目した点は、領土問題の記述がどうであるかというところですが、その点に関しては少し物足りなさを感じました。

また、育鵬社につきましては、なぜ公民を学ぶのかというような大前提のところからの記述が充実しており、子どもたちが学びに入りやすいのかなというふうにも感じましたし、また、領土問題などの記述についても非常にわかりやすく書かれているという特徴がありました。

【高尾委員】 帝国なんですけれども、「私たちの政治参加」というところで、積極的な政治参加を求めているというのは評価できると思います。経済活動で非常に重要となる選択という問題、それから国際社会の考察で人権侵害と内政不干渉の2つの原則の対立を示して考えさせる内容になっていると思います。少しだけ気にかかるところが、グローバル化を説明するなかで、外国籍の子どもたちを指導する先生の声というのが出てくるのです。このなかで、この先生が「外国籍の子どもたちは、日本の文化や習慣を十分に身に付けておらず、母国の文化や習慣についての知識も十分ではありません。多くの日本人なら当たり前に体験していることを体験していないので、表現力は十分ではありません。」というふうにおっしゃっております。これでいいのかなとわたしはちょっと心配しました。それから、日本国憲法の解説でも少し説明が大雑把ではないかというところもありました。

また、日文ですが、四国八十八か所参りを取り上げていることは非常にいいと思います。また、防災・減災に関して誤解されやすい、「てんでんこ」の教えについて的確な説明を行っている。これもいいです。残念なところはいくつか、フランスの憲法を紹介するうえでナポレオンのアルプス越えという立派な肖像画が大きく掲載されている。「フランスの革命思想を広めました」というふうに書かれています。でも例えばですね、山川出版社の『もう一度読む世界史』、これを見ますと、154ページなのですが、「絶対王政下にある諸国民は、フランス軍を自由の解放者として歓迎した。しかし、ナポレオン時代になると自由の旗印がしだいにフランスの大陸支配の手段となったため、フランス革命の理念が、かえって諸国民のあいだに反フランスの民族意識をめざめさせた。」こういうふうにされており、この対立をどうするか。

もう一つは「ライフプランを考えよう」という導入の見開きが120ページにあります。「人生のイベントと費用」ということで婚約、結婚、出産、住宅の購入、幼稚園、小学校から大学、幸せな老後というふうに必要なお金と共に示されていますけれども、今はそういう形で物語ることはできないと思います。別の生き方をする人も多いのではないか。大学が全てではないし、世界での貢献に汗を流すという人もいると思う。この後で大人になってライフプランとは違う道を選んだ子どもさんたちが、僕は落ちこぼれじゃないか、違う道を歩んだのではないかなというふうな思いにとらわれるのが心配です。実はこの発想は1ヶ所ではなくて、「年金シミュレーション」というのがあるのですが、ここでも見開きで登場するのです。大学生が企業に就職して、結婚して出産して、やがて会社を辞めて自営業へなどとありますが、もっといろんな発想があっていいんじゃないかというふうに思います。

東書ですが、冒頭公民の意味をちゃんと説明しているというのは非常に評価できるいいことだというふうに思いました。「深めよう 共生社会と私たち」ということで、法務省の人権作文コンテストの作品を紹介しています。在日3世の中学生の作文を取り上げている。それからアイヌ民族の人権についても詳しく述べているところがあります。問題としては選挙のところのシミュレーションが77ページにあるのですけども、これが非常にわかりにくかった。

それから、福祉社会の実現に向けてという点で、高福祉高負担の北欧諸国を絶賛しているのですね。「高福祉高負担だと、経済活動が鈍り、経済活動が低くなるともいわれています。しかし北ヨーロッパの国々は高い経済成長を保っています。それは、政府が労働者の教育や訓練を支援し、成長産業への再就職をうながしているからだといえます。北ヨーロッパの人びとが高負担を受け入れているのは、それが社会保障を通じて自分たちに返ってくることを実感しているからです。」と書いています。私は日本の進む道はこれで決まりだなあと思いましたが、果たして反応はないのだろうかというふうに思います。

育鵬社について申し上げたいと思います。育鵬社については、さきほどご指摘もありましたが、「公民」の意味について的確に指摘をしています。それから、伝統文化について、多くの教科書は、ほとんど地域のイベント、祭りなどをたくさん取り上げています。一種の観光ガイドのイメージですよね。育鵬社の場合、その背骨になっている高い精神性というのを紹介している。それが現在のアニメとか、そういうものにもいきづいているということを指摘しております。それから「家族」を非常に大切にしていると思いました。企画では、家族が生きてきた時代を調べてみようと生徒に促しています。こういうことで、家庭内、先生であっても誰でもいいのですが、対話が広がっていく。家族がどんな時代を生きてきたのかということを目の当たりにすることは、非常にいいことだろうと思います。また、大阪市の教育行政基本条例や教育振興基本計画において「自由と規範意識、権利と義務を重んじ、自己の判断と責任で道を切り拓」く人間を育むというふうにされておりまして、義務教育終了までの期間に基本的な道徳心、規範意識を培い、例えば人に親切にする、うそをつかない、法を犯さない、勉強するなどについて、明確化して繰り返し指導するというふうに書かれています。この教科書は、生徒手帳も示して、決まりを守るということの重要性を説明していますし、誰にも迷惑をかけなければ何でもしていいのか、という問いかけも考えさせています。それから、非常に魅力的だったのが、働くことの大切さ、おもしろさをしっかりと伝えて、子どもたちの未来のガイダンスになっているということだと思います。お互いに支え合うこと、つながることが働くことなんだ、そこに喜びとか充実感がある。決してそれは安逸な行為じゃなくて、苦労とか忍耐も必要なのだ、実際に仕事を通じて学ぶということも多いというふうに書いています。実例が非常に豊かであったのではないかと思いました。松下幸之助さんの話や、人工衛星まいど1号を打ち上げた東大阪の町工場の話があるのですけども、中でも、新幹線の中をわずか7分で清掃するスタッフの話を大きく取り上げており、非常に感銘を受けました。これとは別にある教科書では、求人の張り紙を2枚教科書に張り付け、どっちの企業に就職するかと問いかけております。それではちょっとレベルが違うのではないかというふうに思いました。

それから国家の問題ですけども、その大切さをきちんと示すとともに、諸問題に対して「ねばり強い交渉でこれらの問題を解決しなければなりません。」と書いています。また「現実に世界で起こっている紛争や戦争は外交が行きづまった結果です。それを回避する努力が各国に求められています。」こう述べておりまして、力による解決ではなくて、粘り強い外交が必要なんだというふうに訴えかけています。それから異文化理解という問題ですけども、こういうふうに書いています。「文化には優劣はありません。私たちは、異なる文化に接したとき、驚くことや戸惑うこともありますが、おたがいにそのちがいを理解し、相手の文化を尊重することが大切です。」また「日本の文化が誇らしいからといって、他国の民族が日本民族より劣っていると考えるエスノセントリズム(自民族中心主義)にならないようにしなければなりません。文化はそれぞれ価値をもっていて、優れているとか、劣っていると評価することはできないという態度(文化相対主義)が必要です。」これはヘイトスピーチなんかとは対極にある考えだと思います。

そのほか、基本的人権についても詳しく、重要性、歴史を記述しておりまして、障がい者差別、外国人の差別、部落差別など、今日的な観点から問題を取り上げ、理解を深めようとしています。部落差別に力を尽くした西光万吉さん、アイヌ文化を伝えた知里幸恵さん、ハンセン病患者の皆さんのご苦労、それらを大きく扱い、また、世界の人権問題というふうに視野を広げているというのも評価できると思います。またそれから、全般に通じることですけども、やはりこの国、日本というのを支えていくのは誰だろうか、君たちが責任を持たないといけない、そういう主体性という重さと言いますか、そういうことを記述しておりまして、今後の主権者教育、もう目の前に選挙権が与えられるという事実があるわけですので、それを見据えたとき、やはりこれは値打ちがある言葉ではないかと思います。

【大森委員長】 それでは、わたくしの一委員としての意見の表明にあたって、再び資料の配付をお願いします。

 さきほどの歴史とはやや異なりまして、公民的分野については、まさに現代社会、現在の日本と世界への広がり、もちろん身近な地域も含めてですね、現代の社会を扱っておりますので、政治・経済を含む社会を扱っておりますので、ある種普遍的な価値観で一刀両断ということが歴史についてはいかがなものかと、そういう価値観を持つ我々現在とそれから過去、当時の人たちがどういう考え方で生きていたか、どういう行動パターンを各国、政府あるいは様々な人物がとっていたかということを、理解しながら過去と現在の対話、そういったことが必要だと申し上げましたが、公民については、現在の普遍的価値観でもって評価していくということは可能だし、わたくし個人はそうすべきではないかと考え、評価の観点というものを、この資料の「普遍的価値に関する観点」というのを一番に持ってきております。そしてその中身は、(1)(2)とずっと並んでいきます。「普遍的価値と戦後日本」、「基本的人権」と並んでいきます。それから2ページに参りまして2番としては、「戦後日本における成果と課題に関する観点」と、今の日本がどういう社会なのかということは、この日本に生きているだけではわかりません。そういう中で、もちろん過去と比べるってこともあるのですが、もうひとつは世界の中で日本はどうなんだということ、その恵まれている状況であるということをいかに子どもたちに実感的に理解させるか、そのようなことも必要かと思っております。それから3番として、「歴史と現実を踏まえた平和と外交・安全保障に関する観点」ということを、やはり重要であろうということで、3つ目に持ってきているところでございます。 

以上の観点をもって、この公民につきましては、すべての教科書について点数化をしてみました。これは、以上の観点ひとつひとつ、1の(1)から始まって、3の(5)まで、この各観点ごとに、私がマイナス2点からプラス2点までの5段階評価でございますが、これでもって各社の教科書を評価してまいりました。「公民教科書の評価(点数表)」がその資料でございます。もちろん、評価の観点の資料を読んでいただいて、それでもって各社の教科書を評価したとしても、必ずしも私の点数と同じになる保証はございません。ここにいる委員の方々にもこの観点は押し付けているわけではございませんので、実際に点数化はされていないわけですけれども、委員の方々も含め、こういった質的評価を一致させるのは甚だ困難であります。ましてやそれぞれの社会観、歴史観があるわけで、私の社会観を頭にもって、こういう観点で教科書をみたら、マイナス1点だとか、プラス1点だとかになるという話であって、自動的に観点と教科書の記述を見比べて出てくるというようなものではございません。これはあらかじめ申しておきます。私なりに一生懸命、観点と教科書を見比べ、悩みながら全ての点数をつけております。ですので、1つ1つの説明はいたしませんし、説明する時間もありません。

もう一つの分厚い資料、これはこの点数を付けるにあたって、各社の教科書のどの部分を参照したのかという、教科書そのものの記述を抜粋して打ち込んだものでございます。ですから、これにはわたくしの個人の文章などは紛れ込んだりしてはございません。ですので、評価の観点があって、例えば分厚い資料1ページ目ですとそれぞれの点数がございますが、そのあとには各社の教科書の記述が書き込んであるだけでございます。どこを見てその観点を判断したのかということでございます。

実際の中身に触れない説明をいたしましたけれども、トータルで私が採点した結果、高い評価になったのが、日文の教科書と育鵬社の教科書でございます。この2社に限って、どこが強みかを申しあげますが、当然強みというのは、2点が付いていることころになるわけですが、まず日文のほうから申しますと、戦後日本について、これまでも申しておりますが、「普遍的価値と戦後日本」との観点において、7社のうち最もバランスのとれた記述がされていると総合的に判断したわけでございます。もう1つは立憲主義に関する記述が優れている。憲法があれば立憲主義になるわけではないのであって、立憲主義ではない憲法もある。立憲主義というのは、立憲主義は、国民の権利と自由を守ることと、国家の政治体制の根本をそれによって定めること。このようなことを他社より正確に記述している。この点が、日文が他社より優れている。同様に清水書院についても立憲主義について優れている。省略する部分もございますが、特にここで、「平和国家」のところと「安全保障・外交の重要性」のところにも2点つけていますが、ここは答申にも書かれておりますが、日本が平和国家としての基本のもとに、経済力を活かした経済援助、ODAなど、同時に平和維持活動に自衛隊が参加している。平和的な貢献として自衛隊を記述している、生徒に着目させるようにしている、平和、各国との協力、そういうことの重要性をあまり極端な立場にたたずに、リアリズムという感覚に最も近い記述になっているかと思います。

育鵬社についてですが、育鵬社の長所の一つは、歴史の審議でも申しあげましたが、20世紀の最大の惨禍の一つであった共産主義の惨禍ですね、この問題をきちんととらえている。共産主義の惨禍と言うと、何が惨禍なんだと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、この日本ではどれぐらい部数、読まれたのかわかりませんが、『共産主義黒書』という本が出版されております。この本によれば、世界の共産主義、ソ連や中国、ソ連はもう今ないですが、中国も含めてですね、全世界で共産主義によって亡くならなくてもよかった方々が亡くなったと、つまり戦争による戦死者とか、そういうのは当然省略ですけど、共産主義によって亡くなった方の数は、この本の著者によれば約一億人だそうでございます。それに対して、ナチズム、ナチスによってこれもあの大変な惨禍、許しがたい惨禍でございますが、それによって死に至らしめられた、つまり戦争による直接ではないものですが、それが二千五百万人ということでございます。そして、ところが今日、あるいはこの今日だけじゃなくて、冷戦の終結後、あるいはそれ以前もですが、ナチス、ナチズム、あるいはファシズムですね。そういったものは断罪されてきたのですが、共産主義についてはなぜ断罪されていない、あるいはそういう総括もされていないのかということです。これはいろいろな理由があろうかと思います。1つには、第二次大戦の戦勝国の側にあったということですとか、もう1つは日本を含む自由民主主義諸国において、共産主義、マルクス主義の影響を受けた政治勢力のみならず、とりわけそれ以上にいわゆる学者ですとか、大昔の言葉で言えば文化人ですとか、最近あまり使わないでしょうが、知識人とかですね、とりわけ人文社会系のそういう学者ですとか、知識人に与えた影響、これは今でも無くなってないと思いますけれども、これは極めて大きいということが一つあろうかと思います。やはりその、人種とか民族とかそういったものに着目して、圧倒的な犯罪が行われたというナチスに対して、階級ですとか、そういったことで行われた共産主義、その場合に共産主義の目的は一見、目的そのものは何か理想主義的で美しいように見える、そのことは大きく影響しているんだろうと。だからこそ、世界で、たくさんインテリが、立派な大学を出た方々がそれに感化されたということだろうと思いますけれども、だけど目的なり、なぜ人が死ななければいけないかというそこのところが、人種、民族だから、あるいは階級だからとかですね、そういうことによって人の死っていうのは正当化、片方は正当化されるってことはありえないことであろうというふうに思っているわけでございます。

そういうことで、残念ながら、公民の教科書、各社あまり記述は充実しているとは言えませんけれども、そこを私はやはり評価の観点として加えて、「共産主義の惨禍」、「冷戦における自由主義の勝利」、それから「市場経済の優位性」、こういったものを、観点の中に含めているわけでございます。それらの観点において、2社を比べた場合、日文より育鵬社が優れているということが言えます。

それから1の(8)にある「文脈理解」ですね。理解しやすさ、これは教科書全体についてもそういう印象はもちろんございますけれども、とりわけ私が着目したのはこの分厚い資料をご覧いただくとわかるのですが、人権とそれから市場経済の仕組みですね、これを取り上げて、この1の(8)「文脈理解」のですね、サンプルとして、教科書の記述を各社並べております。これを見ると、やはり育鵬社の場合は、語彙の羅列ではなくて、文脈が理解しやすい内容となっております。

それからもう一つの育鵬社の長所は、その「平和と外交・安全保障」において、今日の我が国を取り巻く「安全保障環境」というものを、これは厳しいものがあるというふうに判断するという人が多いと思いますけれども、生徒にきちんと伝わるように、ぼかさない、一方で全く記述していない教科書もありますけれども、そういうことじゃなくてきちんとそれを示すと。世界の平和などではなくて、日本ですね、日本の、この大切な日本、平和国家、そしてその中で、国民の自由、権利、こういうものは、近くのいくつかの国を見てもわかるように、いかに日本がそういった面で、自由で、人権が守られている国かということは明らかなわけで、そういった国を守るためにも、やはりこの、安全保障・外交のリアリズムっていうのは必須のことであるわけでして、そういった点で、育鵬社のような教科書の記述っていうのは必要だろうというふうに考えているところでございます。

以上より、私は、日文と育鵬社、これは正直甲乙つけがたい。総合的には点数で言うと14点で並んでいますが、そのように私自身は一委員として総合評価したところでございます。

先ほどの歴史と同様に、委員の皆様のお一人、お一人にご意見を伺ってまいりました。やはり、評価は様々でございますし、その観点も様々でございます。従ってですね、この際、やはり各委員が推奨、推されるですね、教科書、発行社を明確にしていただく発言を、各委員からお願いしたいと思います。したがって、時間の関係上、私の方から委員をご指名して、順次ご発言をお願いしたいと思います。高尾委員いかがでしょうか。

【高尾委員】 私は育鵬社が適切だろうと考えております。次はおおいに悩むところですが、日本文教、これなどが合うかなと思います。

【西村委員】 私は日文の方がいいと思います。次に適切なのは育鵬社です。

【林委員】 中学生が興味、関心を抱いて、勉強しやすいという観点から、日本文教出版が最も適切かと考えます。また、主権者教育という観点から次に適切なのは、帝国書院と思います。

【帯野委員】 領土問題についてわかりやすく説明しているということと、それから他の教科書が扱っていない拉致問題について、きちんと取り上げているという点で育鵬社を推したいと思います。

【大森委員長】 ありがとうございます。私でございますけれども、先ほど一委員としての意見として申し上げた通りですね。日文、日本文教出版とそれから育鵬社、これら二つですね。点数だけじゃなくて、全体としてもですね、甲乙つけがたいというふうに考えているところでございます。そうなるとですね、それでも、責任をもってですね、採択せねばならず、そのために一委員としてもどれを推すかということを絞り込まなければならないわけですけれども、こういった形で甲乙つけがたい場合にですね、二つ、何を優先して考えるかということで申し上げたいと思います。

一つはやはり、先ほど文脈が理解しやすいということで申し上げましたけれども、これはやはり重要なことであろうというふうに考えております。その点につきましてはですね、日文が他の各社に比べて劣るということではないんですが、むしろ育鵬社が他社に比べてさまざまその文章、教科書の記述を読んで理解しやすいということがございます。やはり、この現代社会、現在の社会、とりわけ政治・経済といったことを、中学生にとっては、まあ日ごろ、自分は大学の教員で大学生を見ても自分の半径10メートルのつきあいの世界は非常に関心があってお互いに気遣いし合っているのですが、それより広い社会のこと、ましてや世界のこととか、日本の政治のことになると、なかなか関心ある子は少数派でございます。そういう大学生でもそういう現状を考えると、中学生にとってはやはり教科書の記述そのものが、比較的理解しやすいということは重要であろうというふうに思っています。その点で、育鵬社が日文より勝るかなと。

それからもう一点は、やはり甲乙つけがたい場合に、地理・歴史・公民の分野ごとにそれぞれの最良の教科書を採択するということが大原則ではございますが、本当に甲乙つけがたいという時にはですね、他の分野、つまり社会科の中の3つの分野間の連携、これはあの、文科省の中学校学習指導要領にも書いてあることですが、「各分野相互の有機的な関連を図る」というふうなですね、これはもちろん会社、発行社が同じでなくても連携は図れるのですが、同じ発行社であればより容易に連携が図れるのではないかと。地理ももちろん連携を図ることは重要でありますが、やはりその公民で扱う、私が再三申し上げました政治的に見解の分かれる争点・イシュー、そういったものと、歴史におけるいわゆる歴史認識、そういったものは、非常に密接に関わっておりますので、この際、歴史については先ほど育鵬社採択決定いたしましたので、その点からも、その2点目として甲乙つけがたい場合、この日文、育鵬社のうち、私、一委員としては育鵬社を第一に推し、つまり採択候補として推したい。その次に日本文教出版、日文を推したいというふうに考えております。

最後に先ほど歴史について、教育長のご発言をお願いしましたが、この公民についても、その委員としての立場、事務局としての立場、両方をふまえてご発言いただけますでしょうか。

【山本教育長】 歴史と同様ですけれども、委員の皆様のご意見を尊重させていただきます。

【大森委員長】 ありがとうございました。

これまでの審議におきましては、日本文教出版と育鵬社を推す意見が多かったということは言えると思います。それぞれ優れている点については、各委員からご発言があったところでございます。この公民的分野においてはですね、やはり意見が対立していること、争点があるということ、必ずしも唯一の正解があるというわけではないこと、そういうことを生徒に分かってもらって、一人一人が考えて判断するということが重要であると考えます。その点からするとですね、この各委員が挙げられた採択候補、日本文教出版と育鵬社は、まあ全体として共に優れていると言えますけれども、同時にそれぞれが優れているポイントがどの観点でとか、どういった面でというのが、どこがいいかということは、違うというのが言える2つの教科書であろうということは考えております。先ほどの歴史と同様でございますが、それぞれ補い合うことでより理解が深まるのではないかと考えておりまして、この扱いについても、後ほど私のほうから提案がございますので、歴史と共に提案させていただきます。

いろいろご意見はあると思いますが、以上この公民の教科書の採択については、日本文教出版と育鵬社ですね、この2つを推す委員がいらっしゃったので、採決を行いたいと思います。挙手でお願いいたします。

日本文教出版を採択すべきとお考えの委員は挙手をお願いいたします。

(林委員、西村委員 挙手)

【大森委員長】 2名でございます。育鵬社の教科書を採択すべきとお考えの委員は挙手をお願いいたします。

 (大森委員長、高尾委員、帯野委員、山本教育長 挙手)

【大森委員長】 4名でございます。ただ今の採決の結果、公民につきましては、育鵬社の教科書を採択することが決定いたしました。以上で、本日の採択は終了いたします。

続いて、歴史と公民について提案がございます。

今も、それから歴史の審議の終わりの方でも申し上げましたが、歴史と公民の教科書につきましては、やはり様々な視点から様々な見解が分かれというふうなですね、教科、科目、科目といいますか分野であるということは、言えるかと思います。一つの教科書からですね、一つのものの見方を絶対として学ぶということでいいのだろうか、ということで、私、一委員として、いろいろ問題意識を持って考えてまいりました。ここで、資料の配付をお願いします。これも、教育委員会としての組織的な見解ではなく、個人、一人の委員としての見解を整理した資料でございます。

お手元に配布された資料、ご覧いただければと思います。18歳選挙権の話が最初に出てきますが、それはもう申し上げるまでも、さきほど言及したところでございます。その一番下、1ページの一番下の段落に、再度申し上げますと、総務省の研究会の最終報告書で、「国や社会の問題を自分の問題として捉え、自ら考え、自ら判断し、行動していく新しい主権者像」ということが求められるというふうにしております。

そういう中で、2ページをご覧いただきたいと思います。その2ページに、「(2)社会科教育の現状と見直しの方向性」でございますが、2ページの下の方の段落をご覧いただきますと、社会科教育のあり方に関するある種発想の転換が不可欠であろうと考えます。あたかも政治的な論争・対立が存在しないかのように政治制度や歴史的出来事を羅列するだけの教育、そういう教育ではなくて、実社会における現在と過去の争点を取り扱って、それぞれどういう見解があってその論拠は何なのかということを生徒が知った上で、生徒が考える、或いは議論する、という教育への転換が必要なのではないかと、私個人は考えているところでございます。

そうした次の2ページの一番下のところに(3)として、「社会科教育の転換への第一歩としての教科書の複数使用」とございます。こうした社会科教育の転換というのは、一昼夜ではできません。ただ、具体策なしには何も現状は変わらないわけでございまして、現状を変える第一歩として直ちに実施できること、これは3ページの冒頭に移りますが、これは事実上複数の教科書を使用することが考えられると私自身は思っております。

次に4ページに参ります。4ページの冒頭(2)として「教科書の複数使用による歴史や社会に関する広く深い理解の可能性」というふうに、そこのタイトルのところをご覧いただければと思います。自分の頭で考えですね、争点を理解して意見を持てる、或いは持とうとする、或いはそれを表現する。そういうふうになるには、その中で教科書は当然重要なわけで、学校の教員、先生と共に、教科書は重要であるということは論を待ちません。

社会科教科書が政治争点化していると、異なる歴史観・社会観に基づいていると言われている教科書が併存する。実際の記述の中身は、そんなに言われているほど大きく違うのかということはございます。私個人はあまりにも尖った見解というのは、やはり妥当性そのものを欠いていると判断せざるを得ないという、だから両極端の記述をつきあわせると、生徒にとって面白いとか、そういう無責任な考えではなくて、1番いい教科書、2番目にいい教科書を、これまで歴史と公民について各委員、議論、意見提示をしていただいたわけですから、それらのいい教科書の中から、大きな違いでなくても、やはり違いはあると、歴史観なり、社会観なり、そういったものを知る必要があるという風に考えております。

ですから、この(2)の、最後の段落に、複数の教科書で学んではどうかということ。別々の解釈を知ることによって、歴史にしろ、現代の社会にしろ、幅広い、あるいは深い理解に繋がる可能性が拓けるのではないかと。それによって、唯一の正解が何でもある、それを教えてもらって覚える、という学習のあり方から脱していく、それが将来の有権者を育てる主権者教育という観点からも重要ではないかと考えております。次の3のですね、複数使用の提案および事例でございますが、最初私自身が自分の頭の中から出てきたのですが、(1)にですね、文部科学大臣と朝日新聞によってですね、教科書の複数使用の提案がございました。これは、沖縄県竹富町に対する文科省、文科大臣による是正要求に関連しての質疑でしょうか。その中で大臣が述べられたことですが、「朝日新聞の社説で、このことについては意見を異にする立場であっても、結構きちんと書かれていたなと思ったのは、二つ使ったらよいのではないかと」。教科書を二つですね。「是非、朝日新聞の社説のようなことをされたらよいのではないかなと、私は読んで思いましたね」というふうに、下村文部科学大臣がおっしゃっているということでございます。

ちなみに大臣が言及している朝日新聞の社説っていうのは、平成26315日付けのものでございまして、その内容は5ページの冒頭にございます。「両方の教科書を使ってみてはどうか」と。「1冊は正規の教科書、もう1冊は副読本として」ということで。この引用の部分の最後のセンテンスの、「ものごとを多面的に見る目が鍛えられそうだ」というふうに、この社説の引用の最後のところ、引用しておきましたけれども。

こういう言い方はストレートすぎるかも知れませんが、おそらく下村大臣と朝日新聞のこの問題に対するスタンス、教科書の中身に対する評価・判断というのは、たぶん同じではない方々だろうと。その両者が複数の教科書を使ってみてはどうかということで一致しているということを知りました。

それから、他の自治体で事例はないかと探しました。その結果ですね、一つ見つけたのが、熊本県におきまして、市町村立の中学校ではなくて県立の中高一貫校の中学校、3校ですけれども、そこでその、副教材として検定済みの教科書を採択教科書とは別に使用するということを決定しているという事実を発見いたしました。日本全国他にないとは私には断言できませんが、この熊本県の事例というのは、一つ注目したところでございます。

この5ページの下から、1,2,3、下から3番目の段落でございますけれども、教育委員会が最も高く評価する教科書、これはもう先ほど歴史と公民について採択いたしました。そして提案でございますが、2番目に高く評価する教科書というものを、その副読本、これ正確には補助教材という言葉になるかと思いますが、として使用するということを私としては提案したいなというふうに考えているところでございます。なお、その際ですね、そこに書いておりますように、私の思いとしては、5ページの下から4行目にありますように、すべての市立中学校において副読本として使用してもらうには、保護者負担を求めるのは適当でないので、公費でもって購入するということを検討してほしいな、検討したいなというふうに、私個人は思っているところでございます。もちろんですね、法律上の使用義務のある教科書、使用義務っていうのは、先ほど採択した、決定した教科書を教科書として使用するということをきちんとやるというのは、当たり前のことでございまして、あくまで補助教材ということのご提案でございます。

それでは、ここで、委員の方々のご意見を伺うにあたってですね、今、私の個人的な見解・思いを申し上げましたが、組織として決定するに当たっての、他の委員の方々がみんなで合意できるような最低ラインはどういうラインかなということで用意した資料、これを事務局から配布してもらいたいと思います。

ただいま配布させていただきました資料は、複数使用に期待される教育効果(案)ということでございます。これは私個人の見解ではなくって、ぜひ合意できれば教育委員会としての見解ということで、(案)が取れればいいなということで配布させていただいております。時間の関係上、読み上げるということはいたしませんが、歴史と現在の社会は繋がっておりますので、この歴史的分野と公民的分野に両方についてですね、もう一つの教科書をこれまで審議で二番手に挙がっているということもございましたので、採択されなかった方をこの補助教材でと。それによる教育効果としては、検定済みの教科書であり質が保証されているという、教材としての質が保証されていると書いているわけでございますが、1,2,3点、1点目は国際人としての日本国民としての素養を培うという観点、多面的な見方を知るということが必要ではないかという。それから2点目はですね、アクティブラーニングという言葉がありますが、主体的な学習に繋がる、自分の頭で考える、意見を持つ、表現するという、そういったもののためには、多面的なとらえ方に触れるっていう必要でございます。過去の歴史についても、現在の政治・経済・社会についても、同様でございます。これが2点目。3点目としては、国及び地域社会の問題を、そこに政治的争点がある、これを他人事ではなく、我が事として捉え、自ら考え、自ら判断し、行動していくと、それが目的とはいいませんが、将来の有権者、主権者の育成にも資することになるのではないか。これが3点目でございます。こういったことで整理した資料でございます。

 では、誠に申し訳ありませんが、1時までには絶対に採決終了までいかなければなりませんとの事務局からの求めがありましたので、手短に各委員、意見、ご発言をお願いいたします。

【高尾委員】 今日は、説明が半分もできなくて非常に残念でした。補助教材の件ですが、再三単純な思考に陥らないように多角的な観点が必要であると申しあげてきましたので、教育効果として期待したい。

【帯野委員】 時間のない中で恐縮ですが、私は異論がございます。そもそもこの教科書採択は、1種ごと1冊の教科書を採択するという制度である以上、教育効果についておっしゃっていることはよくわかりますが、それは今後の教科書採択制度を考えるうえでの議論であって、今私たちは定められた制度の中で、責任をもって一冊を採択するべきではないかと考えます。もう一つ現実論としまして、教育効果のなかにアクティブラーニング型ということがありましたが、どの教科書をみてもうまく取り入れられていると思います。しかし、例えば歴史につきましても、近代史まで全部教えるとなると、相当教える量が増えてくる。その中で自主的な学び、調査をさせる、研究をさせるとなると、教える時間が少なくなるわけです。教える量が増えて、教える時間が少なくなっている中で、先生方に2冊の教科書を渡して、はたして現場で消化できるのか。子どもたちに良い学び、学習効果を高めるためには、それを使う先生方に、使いこなす能力が必要なわけで、その時間的能力には限界があるのではないかと思います。

私は制度を軽々に変えるべきでないという制度論から、今変えるのは拙速ではないかという意見を持っております。

【大森委員長】 1時には傍聴会場の都合があるということで終わらないといけませんので、手短に私の方から、1点目教科書制度について、帯野委員のおっしゃるとおり、責任をもって採択しないといけません。これは既に責任をもって採択したわけでございます。教育的な効果の観点から、あくまで補助教材として教科書を使います。制度論としては、制度の枠内での工夫だろうと考えております。2点目の、2冊も教科書あったら時間がということはごもっともな意見とは思いますが、歴史であればどういうトピックについて、公民も同じですが、補助教材を使うか、これからいろいろ事務局の方にも研究してもらっていこうと考えているわけでございます。

【林委員】 私は、特に歴史の教科書を選ぶにあたりまして、やはり教科書の特色が随分違いますので、非常に悩みました。2冊目が選べるということでは、それぞれの教科書によって、記述の濃淡があるので、それぞれを補い合うということができるというメリットがあると思います。異論はございません。

【西村委員】 2冊教科書を読むことは、常に子どもたちの勉強にとって効果的だと思います。ですからこれには賛成です。2倍時間かかるかというと、そんなことはなくて、対応する同じ章の部分、片方を読めば、もう一方はすぐ読めますから、そんなに時間はかからないと思います。これがもし大阪市でやれるということであれば、子どもたちにとってはそれが一番いいと思います。

【大森委員長】 今のご発言は、これは社会科に限らず、2冊目があるといいという内容ですね。

【西村委員】 そうです。

【大森委員長】 事務局の方から、この提案についてご発言をお願いいたします。

【山本教育長】 制度的には、補助教材の作成、選定の権限は、教育委員でお持ちですので、しかも今回検定済みの教科書ですので、補助教材としての活用については問題ないと考えます。方向性が示されれば、学校現場での効果的な活用について、具体的な準備について、検討を進めてまいりたいと考えております。

【大森委員長】 本日の歴史、公民の教科書採択の議論を踏まえて、教育委員会といたしましては、それぞれ採択した教科書に加えまして、採択の際、次点といいますか、2番目に推す声があった教科書、具体的には歴史は帝国書院、公民は日本文教出版ですが、これらの教科書をそれぞれ補助教材として使用することについて、私としては教育委員会として一定の方向性を示したいと考えております。ついては、本日の採択に附帯して、附帯決議という形で、動議を致したいと思います。事務局から附帯決議案の配布をお願いします。

そこにあるように、「採択教科書に加えて、下記の教科書を補助教材として使用できるよう、調整を図るものとすること」とあります。調整を図るとは、先ほど教育長からご発言がありましたように、補助教材の選定自体は教育委員会の権限ですが、公費での購入ということになると、お金がかかるということですので、その点については教育委員会だけでということになるかということがありますので、各方面との調整を図ることが必要ということで、特に購入経費の点を重視して、こういった方向性を示す表現となっております。

「発行者」、「番号」、「書名」が空欄になっておりますが、今回の審議により、歴史は帝国書院、公民は日本文教出版が先ほど明らかになったところでありますので、そこに発行者、番号、書名を記入することといたしまして、この附帯決議案について、挙手により採決をお願いしたいと思います。動議として提出された附帯決議案に賛成の委員の方は挙手をお願いします。

(大森委員長、林委員、高尾委員、西村委員、山本教育長 挙手)

【大森委員長】 それでは、附帯決議案に反対の委員の方は挙手をお願いします。

(帯野委員 挙手)

【帯野委員】 反対でもありますが、このような重要な内容を決定するのに十分な審議がされなかったことを残念に思います。時間がなかったこともありますので致し方ないということで、賛成はしないということでございます。

【大森委員長】 誤解を招かないように申しあげますと、あくまで正式な会議では、帯野委員のおっしゃるとおり、十分な時間がとれなかった、会場のことを今私もききましたので、みなさんのご意見も闊達でしたので、私だけの責任ではないだろうと思っております。あと、これまで正式な会議の以前の調査研究の段階で十分議論してきておりますので、議論が不十分なのかということについては、傍聴の方々を含め、市民の皆様、保護者の皆様には誤解のないようお願いしたいと思います。

只今の採決の結果、この附帯決議案は可決されました。本日の公開案件の審議は、以上で終了でございます。

(5)中断

(6)再開

議案第155号「平成28年度大阪市公立学校・幼稚園教員採用選考テスト第1次合格者の決定について」を上程。井上教務部長の説明要旨は次のとおりである。

平成28年度1次採用選考の主な特徴は次のとおりである。

志願者数は、3,869人と昨年度より237人増加し、1次選考の受験者数は2,394人と昨年度より211人増加している。また、1次選考の合格者数は、1,041人と昨年度より9人増加している。

1次選考の倍率は全体として昨年の2.1倍から、今年度は2.3倍となっている。なお、教科別では最高倍率は高等学校保健体育の18.3倍、最低倍率は、中学校家庭の1.2倍である。

合格基準点に達していないものが一つでもある場合は、総合点が合格最低点以上であっても不合格とするものとしており、合格基準点は、筆答テストは校種・教科ごとの平均点の6割、面接テストは満点の3割以下のものは不合格となるように設定している。

教諭経験者特例、大阪市立学校園現職講師特例、講師等経験者特例による受験者については、1次の筆答テストを免除しており、大阪市立学校園現職講師特例については、第1次の面接テストの点数に校長の講師評価を反映させている。

今年度より新たに設けた小学校受験者の英語加点の状況は、英語加点申請による志願者数は183人、受験者数は111人となっており、うち91人が1次合格となっている。

合格発表は、8月7日の午前10時を予定している。

 

質疑の概要は以下のとおりである。

【大森委員長】 特例がありますが、それぞれの扱いの違いを教えてください。

【山野課長】 社会人特例は筆答が50問中、30問の選択となっております。教諭経験者特例は、一次選考において筆答テストを免除し、面接テストのみとしております。2次試験についても筆答テスト、実技テストは免除となり、面接テストのみとなります。

【大森委員長】 市立学校園現職講師特例と講師等経験者特例はいかがですか。

【山野課長】 市講師の場合は、一次選考の面接テストの点数にそれぞれの在籍校の校長の評価を加味させていただくこととなっております。講師特例は一次選考の筆答テストを免除し、面接テストのみとなっております。

【大森委員長】 高等学校が不合格で、中学校で合格という場合に関連して、中学校と高等学校の免許を両方持っておられて、中学校を専願される方はいらっしゃるのですか。

【井上部長】 いらっしゃいます。

【大森委員長】 そういった方は、専願することについて優遇されるような期待感はないのですか。

【山野課長】 併願できるということが特例でございますので、おそらくないかと存じます。

【大森委員長】 英語の加点の人数は予想以上でしたか。印象としては、結構応募があったと思います。

【高尾委員】 中学校英語の免許を持ちながら、小学校を応募された方は、何か理由があるのでしょうか。

【山野課長】 採用者数は小学校が明らかに多いので、そちらをめざされた方かと思います。

【大森委員長】 中学校は、小中学校の免許の両方を取らせる大学が多いと思います。英語はちょっと違うのかもしれませんが。

【山野課長】 英語の受験者は外国語大学が多ございます。

【大森委員長】 結果を見ると英語加点による合格率は高くなっているということができると思います。

【林委員】 思った以上に応募者が多かったと感じており、特例措置を打ち出した効果があったのではないかと思います。

【大森委員長】 加点対象者は他都市からの応募者が多かったのですか。

【山野課長】 大半が大阪府、市居住者、ないし近畿圏の方が多かったと思います。

【林委員】 ここ数年倍率が下がっているところでしたが、今回若干高くなったことは事務局としてどのように分析されておりますか。

【山野課長】 正直なところ採用予定者数に左右されるところがございます。今年度については採用者数を増やしたことが影響していると考えております。来年度につきましては、一昨年と同様の水準に戻したところでございますので、間口が狭くなったと考えております。

【大森委員長】 併願のパターンとして、小中の併願はないのですか。

【山野課長】 高校と中学校併願、幼稚園と小学校併願であり、小中の併願はございません。

【大森委員長】 私の認識では、教員養成課程は小中の両方の免許を取らせることが多いと考えております。優秀な教員を確保するためには、応募を広げる必要があります。他の自治体は小中併願をしているのかどうか調べていただければと思います。

採決の結果、委員全委員異議なく、原案どおり可決。

 

議案第156号「校長公募第一次選考結果について」を上程。

井上教務部長からの説明要旨は次のとおりである。

外部の任期付校長への応募は67名で、論述試験を受験者は63名であり、内部の受験者は319名であった。外部は23名を、内部は167名を今回合格と判定する。

 

質疑の概要は次のとおりである。

【大森委員長】 昨年度の一次合格者の受験者、合格者を教えていただけますか。

【橋本係長】 外部受験者は139名中、58名が合格となっており。内部受験者は368名中、188名です。

【大森委員長】 2次、3次選考と進むわけですが、昨年度の2次の合格者と最終合格者の数字を教えていただけますか。

【橋本係長】 外部受験者につきましては、2次合格者が15名で最終合格者が6名です。内部受験者につきましては、2次合格者が112名で最終合格者が73名です。

【大森委員長】 ルールに基づいた採点でこのような結果になっておりますが、校長としての適性についてどのような印象を持たれましたか。

【林委員】 改革施策を様々打ち出しておりますので、とりわけ内部受験者におかれましては具体的な記述や、意欲が感じられる記述内容が多かったと思います。

【大森委員長】 その上で、概ね合格とすべき受験者数は妥当でございましたか。

【林委員】 妥当であったと思います。

【高尾委員】 防災や減災教育の記述をされているなど、面接で話を聞きたいなと思う内容がありました。

【大森委員長】 私は、もっと多く合格を出したいと思いました。書類だけではわからないのですが、実際に面接で見てみたいと思う受験者が多くおられました。他方で、様々な改革の論点は知識としては広まってきたなと感じますが、そこから本気の熱意の伝わる答案とそうでないものというのはあるなと感じました。まだまだ本気度の伝わってくる答案というのは、数が多いわけではありませんが、トータルとしては面接で見てみたいと思う受験者が多かったという印象があります。

 採決の結果、委員全員異議なく、原案どおり可決。

 

(7)大森委員長より閉会を宣言

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