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最勝寺真宗関係史料 一括(12点)

2022年9月21日

ページ番号:571262

最勝寺真宗関係史料

さいしょうじしんしゅうかんけいしりょう

分野/部門

有形文化財/歴史資料

所有者

宗教法人 最勝寺(さいしょうじ)

所在地

大阪市西区北堀江1

紹介


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最勝寺真宗関係史料のうち教如・下間了明書状

 最勝寺は西区北堀江に所在する真宗大谷派(しんしゅうおおたには)の寺院である。『大坂惣末寺由緒書(おおさかそうまつじゆいしょがき)』によれば、住吉郡五箇荘(すみよしぐんごかのしょう)に創建、慶長15年(1610)5代住持道了(どうりょう)の代に大坂市中の釣鐘町に移転し、その後現在の寺地に移ったと伝える。道了は、大谷派12世門主の本願寺教如(きょうにょ)に重用されていたようで、道了あての教如の書状をはじめ、石山合戦の時代の16世紀末から、大坂の陣後の17世紀前半の史料が伝来している。中世史料を含む、市域有数の真宗関係史料である。

用語解説

真宗大谷派(しんしゅうおおたには) 真宗の一派で、京都東本願寺を本山とする。

大坂惣末寺由緒書(おおさかそうまつじゆいしょがき) 寛文6年(1666)に編纂された、大坂市中の真宗寺院の由緒を記した記録。

住吉郡五箇荘(すみよしぐんごかのしょう) 現在の堺市北区の一部。

教如(きょうにょ) 1558~1614 安土桃山時代~江戸時代初期の真宗の僧。本願寺が東西分派した際の大谷派12世門主。顕如(けんにょ、1543~1592)の子。石山合戦末期に顕如を補佐した。

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