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平成29年3月6日付け裁決(答申第4号)

2023年2月17日

ページ番号:439568

裁決書

審査請求人
○○○○
○○○○
審査請求代理人弁護士
○○○○
○○○○
処分庁
A区保健福祉センター所長

 審査請求人が平成28年5月11日付けで提起した生活保護法(昭和25年法律第144号)第78条の規定に基づく徴収金決定処分に係る審査請求について、次のとおり裁決する。

主文
 本件審査請求について、A区保健福祉センター所長が行った生活保護法第78条に基づく徴収決定処分のうち、平成26年○月○日に株式会社Bから審査請求人の口座へ入金された○○○○円に係る部分を取り消し、徴収金額を○○○○円から○○○○円に変更する。

事案の概要
1 平成23年3月4日付けで、処分庁は、審査請求人(以下「請求人」という。)への生活保護を開始した。
2 平成23年3月17日、処分庁の職員が、「収入の届け出は毎月の保護費の額を決めるために必要です。収入がない場合でも、世帯全員の収入を必ず届け出てください。(高校生等のアルバイトも含む)届け出が遅れたり事実と異なったりすると、正しい額の保護費が受けられず、余分に支払った保護費を返していただくことになりますのでご注意ください。」「保護費以外の収入があればどんな収入でも、詳しく、正しく、すみやかに届けてください。(中略)収入申告が必要な場合には下記のような例があります。給与を新たに得たり、給与収入が変わったりしたとき。(給与には作業所収入等も含みます。)給与収入については、原則として毎月申告し、明細書を添付してください。なお保健福祉センターでは、毎年課税調査を行っており、保健福祉センターに申告されている収入と、勤務先から市税事務所等に提出される『給与支払報告書』等の課税資料の内容が一致しているかを確認しています。(中略)その他臨時収入があったとき(例、事故に伴う保険金、見舞金、遺産相続、生命保険の解約返戻金、入院給付金、など)※1:借金について 借金も収入として認定されます。借金をするとその分生活保護費が減ってしまうので、借金はしないようにしてください。」等の記載がある「生活保護のしおり」を用い、収入を届け出る義務があることを請求人に説明し、請求人から「説明をうけて『しおり』を受け取りました。」との記載がある受領書を受理した。
3 平成23年○月○日、請求人のC銀行の口座に給与として○○○○円が振り込まれた。
4 平成23年7月13日、請求人が、同年○月の働いて得た収入を「無」、収入を得られない理由を「なかなか仕事が見つからないからです。」と記載した収入申告書を処分庁に提出した。
5 平成23年○月○日、請求人のC銀行の口座に給与として○○○○円が振り込まれた。
6 平成23年○月○日、請求人が、同年○月の働いて得た収入を「無」、収入を得られない理由を「いくら仕事を探しても、なかなか見つけられないし、面接へたまにいってもすぐ落とされてしまうからです。」と記載した収入申告書を処分庁に提出した。
7 平成26年○月○日、請求人が、家主である株式会社B(以下「(株)B」という。)に家賃○○○○円を送金した。
8 平成26年○月○日、請求人のD銀行の口座にカードローンお借入として○○○○円が振り込まれた。
9 同日、請求人が、家主である(株)Bに家賃○○○○円を送金した。
10 同日、請求人のD銀行の口座にカードローンお借入として○○○○円が振り込まれた。
11 同日、請求人が、家主である(株)Bに家賃○○○○円を送金した。
12 平成26年○月○日、請求人のD銀行の口座にカードローンお借入として○○○○円が振り込まれた。
13 同日、請求人のD銀行の口座に(株)Bから○○○○円が振り込まれた。
14 平成26年○月○日、請求人が、同年○月、○月の仕送り、養育費、財産収入(生命保険等の給付金・解約返戻金)、その他の私的収入を「無」と記載した収入申告書を処分庁に提出した。
15 平成26年○月、請求人から、家主である(株)Bに家賃の送金はなかった。
16 平成26年○月○日、請求人のD銀行の口座にカードローンお借入として○○○○円が振り込まれた。
17 平成26年○月○日、請求人が、同年○月の仕送り、養育費、財産収入(生命保険等の給付金・解約返戻金)、その他の私的収入を「無」と記載した収入申告書を処分庁に提出した。
18 平成27年○月○日、請求人のD銀行の口座にカードローンお借入として○○○○円が振り込まれた。
19 平成27年○月○日、請求人のD銀行の口座にカードローンお借入として○○○○円が振り込まれた。
20 平成27年○月○日、請求人のD銀行の口座にカードローンお借入として○○○○円が振り込まれた。
21 平成27年○月○日、請求人のD銀行の口座にカードローンお借入として○○○○円が振り込まれた。
22 平成27年○月○日、処分庁が課税調査により、請求人の未申告の就労収入を発見した。
23 平成27年○月○日、請求人のD銀行の口座にカードローンお借入として○○○○円が振り込まれた。
24 平成27年○月○日、請求人が、同年○月、○月の仕送り、養育費、財産収入(生命保険等の給付金・解約返戻金)、その他の私的収入を「無」と記載した収入申告書を処分庁に提出した。
25 同日、請求人が、保有口座をE銀行のみとする資産申告書を処分庁に提出した。
26 平成28年○月○日、請求人が、前年○月の仕送り、養育費、財産収入(生命保険等の給付金・解約返戻金)、その他の私的収入を「無」と記載した収入申告書を処分庁に提出した。
27 平成28年○月○日、請求人のE銀行の口座に火災保険の解約返戻金として○○○○円が振り込まれた。
28 平成28年2月22日、処分庁が、生活保護法(以下「法」という。)第29条に基づく調査により、D銀行から、請求人の口座の利用明細を入手した。
29 平成28年3月2日、処分庁が、法第29条に基づく調査により、C銀行から、請求人の口座の利用明細を入手した。
30 平成28年4月15日、処分庁が、上記3、5、8、10、12、13、16、18、19、20、21、23及び27の請求人の未申告の収入計○○○○円について、法第78条の規定による徴収金決定処分(以下「本件処分」という。)を行った。
31 平成28年5月11日、請求人は、大阪市長に対し、本件処分の取消しを求める審査請求をした。
32 平成28年8月16日、請求人は、口頭意見陳述において、上記13の入金は、(株)Bからの過払金返還であると主張した。
33 平成28年8月24日、請求人は、請求人が交際相手等に騙された被害者であることを証明する書類及び上記13の入金に関する過払金返還の発生経緯を確認できる書類の提出を求める審理員に対して、書類は存在しないと回答した。
34 平成28年12月15日、請求人は、大阪市行政不服審査会に(株)Bが作成した契約者別明細書を提出した。
35 上記34の契約者別明細書には、上記13が「過入金返戻」と記載されていた。

審理関係人の主張の要旨
第1 審査請求の趣旨及び理由
1 審査請求の趣旨
 審査請求の趣旨は、次のとおりである。
 本件処分を取り消すとの裁決を求める。
2 審査請求の理由
 審査請求の理由は、概ね次のとおりである。
(1)本件の経緯
 請求人は、知的障がいを有しており、5年ほど前から生活保護を受給して生活している。
 請求人は、平成26年から平成27年にかけて、結婚を前提とした交際をしようと言われ、住所不明の男性(以下「交際相手」という。)と交際していた。交際相手は、請求人の家に来たことがなく、請求人が交際相手の家に行ったこともない。
 交際相手は、請求人にカードローン等で借金をさせたり、ホテル清掃のアルバイトをさせたりした。なお、ホテル清掃のアルバイトは交際相手と別れると同時期に解雇された。
 借金及びアルバイトで得た金は、交際相手に手渡したり、交際相手と遊ぶ際のホテル代及び飲食代等に使用した。
 交際相手から、借金及びアルバイトで得た金は、役所に対して申告しなくてもよいと教えられたので、請求人はそのとおり申告しなかった。
 処分庁は、平成27年11月頃から、請求人に対し、調査を実施した。
 処分庁は、平成28年3月15日、当該調査に基づき、返還金・徴収金の額について、○○○○円とする等の決定(以下「前処分」という。)をした旨の決定書を作成・発送した。
 処分庁は、平成28年4月15日、当該調査に基づき、本件処分をした旨の決定書を作成・発送した。
(2)法第78条の要件に該当しないこと
 法第78条の「不実の申請その他不正な手段」に該当するといえるためには、受給者において不正受給の故意があることが必要である。したがって、収入の不申告がこれに該当するといえるためには、受給者において申告義務があることを認識していることが必要となる。
 本件において、請求人は、知的障がいを有している。しかし、例えば、前処分の後に処分庁から請求人に交付された「指導指示書」には「今後、収入については正しく、すみやかに申告すること。」等の抽象的な文言しか示されておらず、これによっても具体的に何を申告する必要があるのか、知的障がい者である請求人が理解するのは極めて困難である。
 そのため、請求人は前処分決定書及び本件処分決定書別紙の決定理由に記載された就労収入及び借入金等全てについて、申告義務を認識しておらず、請求人において不正受給の故意がなかった。
 さらに、結婚前提と考えて交際していた交際相手から、就労収入及び借入金等、前処分及び本件処分において問題とされた収入のうち平成26年以降のもののすべてについて「申告しなくてもよい」と教えられたので、知的障がいを有する請求人はこれを信用した。
 よって、請求人が前処分決定書及び本件処分決定書別紙の決定理由記載の各収入を申告せずに生活保護を受給したことは、法第78条の「不実の申請その他不正な手段」に該当しないので、前処分及び本件処分は理由がなく違法である。
(3)法第78条の適用がないこと
 法第78条の趣旨は、生活保護により不当な利益を得た者からその利益を返還させることにある。
 本件においては、不申告の各収入のうち平成26年以降のものは交際相手の発案によって得られたものであり、得た金銭も交際相手が搾取している。したがって、生活保護により不当な利益を得た者は専ら交際相手であって、請求人ではない。したがって、本件において、請求人から平成26年以降の収入に係る金銭を返還させることは、法第78条の趣旨に反する。
 本件は、要するに、処分庁が請求人の知的障がいに配慮することなく具体的な指導を怠った結果、請求人が申告義務を理解できず、収入を申告できなかったという事案である。さらに、その結果として請求人は交際相手にも騙され、平成26年以降の収入の不申告にも至り、交際相手が不当な利益を得た。これらの損失について交際相手に返還を求めたり、処分庁が損失を被ることがあるのは仕方ないが、徹底して被害者である請求人に返還を請求するのは信義誠実の原則に反する。
 よって、前処分及び本件処分は、法第78条の趣旨に反し、信義誠実の原則にも反するため、法第78条の適用はなく、違法である。
(4)前処分及び本件処分が著しく不当であること
 本件において、請求人は、交際相手に利用された被害者である。不申告の各収入のうち平成26年以降のものは交際相手の発案によって得られたものであり、得た金銭も交際相手が搾取している。さらに、平成26年以前のものを含めて不申告に至ったのは、処分庁が、請求人の知的障がいに配慮することなく、具体的な指導を怠ったからである。この収入の不申告によって地方公共団体又は国に損失が生じたとしても、その補填を、被害者である請求人が最低限度の生活を営むための保護費から控除し、もって請求人に最低限度を下回る生活を余儀なくさせることは、法の趣旨及び目的に反し、ひいては日本国憲法25条1項に反する。
 よって、前処分及び本件処分は著しく不当である。
第2 処分庁が、平成28年6月24日に審理員に提出した弁明書の要旨は概ね次のとおりである。
1 請求人は、申告義務が認識できていないため法第78条に該当しないと申し立てているが、処分庁は、請求人の保護開始時に「生活保護のしおり」で収入があった際に申告しなければならないと説明を行い、請求人も説明を受けた旨の同意をしているため、申告義務が認識できていないとは言えない。また、平成23年5月2日家庭訪問時、処分庁より「収入申告書を提出すること。生活上に変化があった際は報告すること。」と指導を行っている。平成○年○○県○○市で保護受給中にも、不申告収入が発覚し、当時の実施機関からの指導を受け収入申告義務があることは認識できていることを補足して述べておく。
2 請求人は、処分庁が知的障がいに配慮することなく、具体的な指導を怠った結果、請求人が申告義務を理解できず、収入を申告できなかったと申立てているが、請求人は保護開始当初から収入申告書を自ら記入し、収入を得られない理由欄に「なかなか仕事がみつからない。」と記入できており、仕事をして収入を得た場合は申告がいることは理解できていると判断できるものである。請求人に対し課税調査により収入があった状況の確認を行ったところ「仕事はしていない。仕事はしていないですよ。」と申し出たにも関わらず、後日になって就労事実を認めているところから、不実の申請その他不正な手段により保護を受けたと判断でき法第78条の趣旨に反するとは言えない。なお、請求人は、平成28年○月に転居しており、自身の意思で賃貸借契約ができる能力を備え持っていることを補足しておく。
3 請求人は、法第78条の趣旨に反する理由として、不申告の収入は請求人が使用した金品ではなく、交際相手が搾取しているもので不当な利益を得たのは交際相手であると主張している。たとえ、交際相手が搾取していたとしても、結婚まで考えていた相手がいることを処分庁は不知であり、交際相手の存在そのものを否定するものではない。ただし、処分庁の聞き取りの中でも氏名・生年月日等も複数名の交際した人物を鮮明に覚えており、交際を続けるために申告すべき収入を秘匿することは交際費用を生活保護費が補てんするようなものであり、法第60条の「生活上の義務」の趣旨にも反するものである。聴取後の家庭訪問では就労収入は貯蓄し、転居費用に消費したとの申立てもあり、就労で得た収入全てが搾取されていたか定かでない点を補足する。
4 請求人は、指導指示書が抽象的な文言しか示されておらず、これによって具体的に何を申告する必要があるのか、知的障がい者であるため理解が困難であると申立てているが、平成28年3月23日処分庁において口頭で丁寧に説明している。
第3 請求人が、平成28年7月20日に審理員に提出した反論書の要旨は概ね次のとおりである。
1 処分庁は、具体的に何を申告する必要があるのかについて、平成28年3月23日に口頭で丁寧に説明したと弁明する。しかし、本件で問題になっているのは、本件処分の収入を得た時点における請求人の認識であるから、この口頭説明の事実は本件処分の違法性に影響を及ぼさない。むしろ、処分庁は平成28年3月23に口頭で丁寧に説明する必要性を感じていたのであるから、その直前時点においては請求人が申告義務について正しい理解を有していないことは処分庁も理解していたことになる。
2 請求人は、処分庁から「平成27年度の課税調査で給料収入が上がっている。この件について、聞き取りをする必要がある」ことを説明され、「仕事はしていない。仕事はしていないですよ。」と回答している。しかし、当該回答の時点は、処分庁が請求人に対して、請求人のアルバイト収入について聞き取りをする必要があることを説明した直後である。仮に、この時点において請求人が申告義務を認識したとしても、その事実からは、本件処分の収入を得た時点において請求人が申告義務を認識していたことは推認できない。また、現在の日本語においては、「仕事」の語を正社員としての労働に限定して用い、アルバイトを「仕事」と呼ばないことがある。したがって、言葉の意味の観点から、「仕事はしていない。」が、アルバイトすらしていないことを意味するとは必ずしもいえない。
3 請求人は、収入申告書の「収入を得られない理由」欄に「いくら仕事をさがしても、面接が落ちてばかりでなかなか決まらないからです。」「なかなか仕事が見つからないからです。」等と記入している。このことから、処分庁は、「仕事をして収入を得た場合は申告がいることは理解できている。」とする。しかし、請求人がアルバイト収入について申告する必要がないと考えていたとすると、収入申告書の「働いて得た収入」欄については「無」に丸をつけることになる。その際の請求人の認識においては、収入が「無」である理由は、アルバイト以外に収入がないからということになる。その認識で、「収入を得られない理由」を書くことを迫られれば、アルバイト以外の仕事が見つからないという趣旨で「いくら仕事を探しても、面接が落ちてばかりでなかなか決まらないからです。」「なかなか仕事が見つからないからです。」等と記入することは自然である。したがって、同欄の記載は、請求人が申告義務を認識していなかったことと矛盾しないものであり、同記載から、請求人に申告義務の認識があったことを推認することはできない。なお、請求人の知的能力に鑑みれば、同欄の記載については、処分庁の職員にどう書けばよいかを質問した上で、処分庁の職員からの具体的な指示のとおりに記載された可能性が極めて大きい。そうであるならば、同欄の記載が請求人の認識を反映していないことは明白である。
4 処分庁は、平成23年3月17日に、請求人に対して保護のしおりを用いて届出の義務の説明を行い、請求人も説明を受けた旨の署名・捺印をしており、また、平成23年5月2日には、家庭訪問をして、請求人に対して収入申告書等を処分庁に提出すること、生活上に変化があった際の報告もすること等を説明したので、申告義務が認識できていないとはいえないと弁明する。しかし、説明を受けたことと届出義務について理解したことは別問題であり、請求人の知的能力ではよほど根気強く時間をかけわかりやすく説明しなければ正しい理解に至らないし、正しい理解に至ったとしてもその記憶を保持し状況に応じて当てはめることは困難である。このことを処分庁も理解していることは、処分庁が、平成27年11月18日に「生活保護を受給していたら保護費以外の収入は全て申告する義務があるので、申告していない給料収入は、返還金に成る可能性が有る事を説明し」てその後も不申告についての調査を継続しているにもかかわらず、さらに平成28年3月23日に口頭で丁寧に説明したと弁明していることからも明らかである。
5 処分庁提出の資料によると「交際相手から正社員で働くなら申告する必要は有るが、アルバイトは申告しなくても良いと言われたので申告しなかったという」。また、「『正社員は申告しなくてはならないけど、アルバイトは申告しなくてもいい』といわれてましたので、本当に仕事を申告しなくてはならなかったのですが、申告をしていませんでした」という。この説明がなされたのは、平成27年11月18日の「2年前」「2年前ほど前」とされているので、平成25年末頃ということになる。仮に、平成23年の処分庁からの説明の時点で請求人に申告義務の認識があったとしても、請求人の能力に鑑みれば、その2年半余り後の交際相手からの説明の時点において、処分庁からの説明を正確に記憶していたとは考え難い。したがって、交際相手からの説明を信用したとの請求人の供述に不自然はなく、信用できる。
6 請求人は、引越しについても自発的な届出をしていない。引越しの事実はそれ自体としては請求人に不利な事実ではなく、しかも処分庁に隠し通すことができるものでもない。そのような事実を届け出ていないのは、届出義務を認識していなかったからとしか考えられない。処分庁は、平成23年3月17日、請求人に対して保護のしおりを用いて届出の義務の説明を行ったとされるが、この説明の中には、引越しについての届出義務の説明を含まれている。また、平成23年5月2日の家庭訪問時には、処分庁の職員が、生活上に変化があった際の報告もすることを説明している。また、請求人は、処分庁の職員から定期訪問を受けており、これを前提に生活保護費を得て生活しているのであるから、引越しの事実を処分庁に届け出る必要があることに思い至ることは容易である。これに対し、法の適用上問題となる「収入」に何が含まれるかを認識するには、一定程度の知的な判断を経る必要がある。したがって、請求人が、引越しについてすら届出義務があることを認識できていなかったのに、アルバイト収入については申告義務を認識していたと考えるのは不自然である。
7 平成27年11月18日に、請求人から事情を聴いた処分庁の職員はケース記録票に「結婚詐欺に有ったような話だ」と書き記している。これが本件の本質である。そもそも請求人は申告義務を認識していなかったのであるから、「交際を続けるために申告すべき収入を秘匿」したわけではないが、本件が「交際費用を生活保護費が補てんするような」事案でないことはもちろんである。なお、請求人は、平成○年頃にも別種の詐欺の被害に遭い、複数の金融業者から借金を背負っている。

理由
第1 判断
1 法第4条は、生活保護制度における基本原理の一つである「保護の補足性」について規定しており、その第1項において、「保護は、生活に困窮する者が、その利用し得る資産、能力その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われる。」と定めている。また、法第5条は、「法律の解釈及び運用は、すべてこの原理に基いてされなければならない。」と定めている。
2 法第8条第1項によれば、「保護は、厚生労働大臣の定める基準により測定した要保護者の需要を基とし、そのうち、その者の金銭又は物品で満たすことのできない不足分を補う程度において行うものとする。」とされている。これは、生活保護制度により保障されるべき最低限度の生活は、「生活保護法による保護の基準」(昭和38年4月1日厚生省告示第158号。以下「保護の基準」という。)によって、要保護者各々について具体的に確定され、その保護の程度は、保護の基準によって測定された需要と要保護者の資力(収入)とを対比し、その資力で充足することのできない不足分について扶助されることを定めているものである。
3 法第28条及び第29条で保護の実施機関には積極的な調査権限が付与されているが、併せて、法第61条では、「被保護者は、収入、支出その他生計の状況について変動があつたとき、又は居住地若しくは世帯の構成に異動があつたときは、すみやかに、保護の実施機関又は福祉事務所長にその旨を届け出なければならない。」と規定し、被保護者に対し、届出の義務を課している。
4 法第78条は、「不実の申請その他不正な手段により保護を受け、又は他人をして受けさせた者があるときは、保護費を支弁した都道府県又は市町村の長は、その費用の額の全部又は一部を、その者から徴収するほか、その徴収する額に100分の40を乗じて得た額以下の金額を徴収することができる。」と規定している。ここでいう「不実」とは、積極的に虚構の事実を構成することはもちろん、消極的に真実を隠蔽することも含まれる。また、徴収金の決定金額については、いわば損害追徴としての性格のものであり、その他の返還金決定処分の場合と異なり、その徴収額の決定に当たり、相手方の資力や徴収に応ずる能力が考慮されるものではないものと解されている。また、徴収額は、不正受給額を全額徴収決定するものであり、法第63条のような実施機関の裁量の余地はないものである。
5 平成21年3月31日付け厚生労働省社会・援護局保護課長事務連絡「生活保護問答集について」問13-23に法第78条を適用する場合の控除について、「保護の実施要領に定める収入認定の規定は、収入状況について適正に届出が行われたことを前提として適用されるものである。したがって、意図的に事実を隠蔽したり、収入の届出を行わず、不正に保護を受給した者に対しては、各種控除を適用することは適当ではなく、必要最小限の実費を除き、全て徴収の対象とすべきである。」と示されている。
6 平成24年7月23日付け社援保発0723第1号厚生労働省社会・援護局保護課長通知「生活保護費の費用返還及び費用徴収決定の取扱いについて」では、法第78条を適用する際の基準について、「①保護の実施機関が被保護者に対し、届出又は申告について口頭又は文書による指示をしたにもかかわらず被保護者がこれに応じなかったとき、②届出又は申告に当たり明らかに作為を加えたとき、③届出又は申告に当たり特段の作為を加えない場合でも、保護の実施機関又はその職員が届出又は申告の内容等の不審について説明等を求めたにもかかわらずこれに応じず、又は虚偽の説明を行ったようなとき、④課税調査等により、当該被保護者が提出した収入申告書が虚偽であることが判明したとき」と示されている。
7 本件の場合、本件処分に係る請求人の収入については、請求人が自ら処分庁に申告したものではなく、処分庁によって発見された収入、いわゆる未申告収入であったことに争いはないし、関係資料からも事実と認定できる。
8 上記事案の概要4、6、14、17、24、26のとおり、請求人は、保護開始当初から処分庁に対し収入申告書の提出を行っており、収入申告の必要性について理解していたことは明らかである。この点、請求人は、「借金」や「正社員でないアルバイト」で得た収入については、収入申告の対象と認識していなかったと主張するが、上記事案の概要2のとおり、処分庁が収入申告の義務について説明することに用いた「生活保護のしおり」には、借金及びアルバイトで得た収入が収入申告の対象であることが明記されており、収入申告の必要性については理解していた請求人が、借金及びアルバイトで得た収入に関する申告義務についてのみ理解していなかったとは考えられない。
9 その他、請求人が処分庁に提出した各種申告書の記載内容、カードローンを含めた複数の金融機関の口座の取引状況、処分庁が作成した請求人との面接や電話によるやりとりを記録しているケース記録等関係資料の内容を踏まえると、請求人の知的障がいに鑑みても、請求人は、収入があればすべて処分庁へ申告しなければならないことを理解していたと判断できる。
10 また、請求人は、上記事案の概要3乃至6のとおり、保護開始直後である平成23年○月及び同年○月に給与収入があるにもかかわらず、当時処分庁へ提出した収入申告書では無収入と申告し、収入が得られない理由として「仕事がなかなか見つからない」などと虚偽の記載を行っている。さらに、上記事案の概要22乃至29のとおり、平成27年度の課税調査により26年中の未申告の給与収入が発覚した後、処分庁の資産調査に対して、給与が入金された金融機関の口座やカードローンを利用していた口座を隠蔽し、虚偽の説明を繰り返すとともに、処分庁から保護費以外の収入があればどのような収入でも速やかに申告するよう指導されているにも関わらず、火災保険料解約返戻金についての収入申告を怠っていた。これらの客観的事実を踏まえると、請求人の知的障がいに鑑みても、審査請求人には保護費を不当に受給しようとする意思があったと認められる。
11 したがって、請求人は収入申告義務を理解していながら、保護費を不当に受給しようとする意思をもって申告すべき収入を申告していなかったと認められることから、処分庁によって行われた本件処分は、法令の規定及びその解釈に従い適正になされたものであり、何ら違法又は不当な点は存在しない。
12 請求人は、「請求人が得た金銭は交際相手が搾取しており、請求人から返還させることは法第78条の趣旨に反する」と主張しているが、上記事案の概要33のとおり、請求人が交際相手に金銭を渡していた(請求人の主張では交際相手が搾取していた)ことを証明するものは何ら存在せず、事実として認められない。そもそも、仮に、請求人が交際相手に金銭を渡していたとしても、それは請求人の不正受給した金銭の使途の一つに過ぎないことから、請求人に対して本件処分を行わない理由とはならない。
13 しかしながら、請求人が「(株)Bからの入金は過払金の返還である」と主張していることについては、上記事案の概要34及び35のとおり、請求人から提出された(株)Bが作成した契約者別明細書には、平成26年○月○日の請求人の口座への入金が「過入金返金」と記載されていることから、家賃の過払金の返還であることが認められ、当該入金によって、請求人の最低生活を維持するために活用可能な資産が増加したとは認められないため、収入認定すべき収入には当たらないと判断すべきである。
14 処分庁が本件処分を行った時点において、処分庁が知り得なかった事実ではあるものの、(株)Bから返戻された○○○○円は、請求人の生活保護費が請求人に戻されたに過ぎず、請求人の収入とは認定できないことから、その限度において取り消しを免れない。
第2 結論
 以上の理由により、行政不服審査法第46条第1項の規定を適用して主文のとおり裁決する。

平成29年3月6日
審査庁 大阪市長 吉村 洋文

裁決書(平成28年度答申第4号)

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