令和元年9月25日付け裁決(答申第7号)
2023年2月17日
ページ番号:487056
裁決書
審査請求人
○○○○
処分庁
大阪市○○区保健福祉センター所長
審査請求人が平成30年4月10日に提起した処分庁による生活保護法(昭和25年法律第144号。以下「法」という。)第78条の規定に基づく徴収金決定処分(○○第○○号。以下「本件処分」という。)に係る審査請求(以下「本件審査請求」という。)について、次のとおり裁決する。
主文
本件審査請求に係る処分を取り消す。
事案の概要
1 平成29年6月21日、処分庁が審査請求人に対し、法による保護を開始した。
2 平成29年11月20日、処分庁がA銀行a支店から、審査請求人名義の口座の出入金記録に関する法第29条に基づく調査に対する回答を受理した。
3 平成29年11月24日、処分庁がA銀行b支店から、審査請求人名義の口座の出入金記録に関する法第29条に基づく調査に対する回答を受理した。
4 平成29年11月24日、処分庁がB銀行c支店から、審査請求人の母親名義の口座の出入金記録に関する法第29条に基づく調査に対する回答を受理した。
5 平成30年3月16日、処分庁が審査請求人に対し、本件処分を行った。
6 平成30年4月10日、審査請求人が大阪市長に対し、本件処分の取消しを求める審査請求をした。
審理関係人の主張の要旨
1 審査請求人の主張
本件処分を取り消すとの裁決を求める。返還に関して、分割での返還を希望する。
2 処分庁の主張
処分庁は審査請求人に対し、収入申告の義務、収入認定について説明を行った経過があるが、本件処分に係る審査請求人及び審査請求人の母親名義の口座への入金に関しては、審査請求人は処分庁に申告をしておらず、処分庁が行った法第29条に基づく調査により判明したものであることから、「課税調査等により、当該被保護者が提出した収入申告書が虚偽であることが判明したとき」に該当すると判断したものである。
理由
1 本件に係る法令等の規定について
(1) 法第4条は、生活保護制度における基本原理の一つである「保護の補足性」について規定しており、その第1項において、「保護は、生活に困窮する者が、その利用し得る資産、能力その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われる。」と定めている。また、法第5条は、「この法律の解釈及び運用は、すべてこの原理に基いてされなければならない。」と定めている。
(2) 法第8条第1項は、「保護は、厚生労働大臣の定める基準により測定した要保護者の需要を基とし、そのうち、その者の金銭又は物品で満たすことのできない不足分を補う程度において行うものとする。」と定めている。
これは、生活保護制度により保障されるべき最低限度の生活は、生活保護法による保護の基準(昭和38年4月1日厚生省告示第158号。以下「保護の基準」という。)によって、要保護者各々について具体的に確定され、その保護の程度は、保護の基準によって測定された需要と要保護者の資力(収入)とを対比し、その資力で充足することのできない不足分について扶助されることを定めているものである。
(3) 法第28条及び第29条で保護の実施機関には積極的な調査権限が付与されているが、併せて、法第61条では、「被保護者は、収入、支出その他生計の状況について変動があつたとき、又は居住地若しくは世帯の構成に異動があつたときは、すみやかに、保護の実施機関又は福祉事務所長にその旨を届け出なければならない。」と規定し、被保護者に対し、届出の義務を課している。
(4) 法第78条第1項は、「不実の申請その他不正な手段により保護を受け、又は他人をして受けさせた者があるときは、保護費を支弁した都道府県又は市町村の長は、その費用の額の全部又は一部を、その者から徴収するほか、その徴収する額に100分の40を乗じて得た額以下の金額を徴収することができる。」と規定している。
(5) 生活保護法による保護の実施要領について(昭和36年4月1日厚生省発社第123号厚生事務次官通知。以下「次官通知」という。)第8-3-(2)において、「恩給、年金、失業保険金その他の公の給付(中略)については、その実際の受給額を認定すること。」とされている。
また、次官通知第8-3-(2)-エ-(イ)において、「不動産又は動産の処分による収入、保険金その他の臨時的収入(中略)については、その額(受領するために交通費等を必要とする場合は、その必要経費の額を控除した額とする。)が世帯合算額8,000円(月額)をこえる場合、そのこえる額を収入として認定すること。」とされている。
なお、次官通知第8-3-(3)において、収入として認定しないものが限定的に列記されている。
(6) 生活保護行政を適正に運営するための手引について(平成18年3月30日社援保発第0330001号厚生労働省社会・援護局保護課長通知)で提示されている「生活保護行政を適正に運営するための手引」のⅣ-4-(1)の注)において、「『不実の申請その他不正な手段』とは、積極的に虚偽の事実を申し立てることはもちろん、消極的に事実を故意に隠蔽することも含まれる。刑法第246条にいう詐欺罪の構成要件である人を欺罔することよりも意味が広い。」と示されている。
(7) 生活保護費の費用返還及び費用徴収決定の取扱いについて(平成24年 7月23日社援保発0723第1号厚生労働省社会・援護局保護課長通知。以下「課長通知」という。)の「3 法第78条に基づく費用徴収決定について」では、「法第63条は、本来、資力はあるが、これが直ちに最低生活のために活用できない事情にある要保護者に対して保護を行い、資力が換金されるなど最低生活に充当できるようになった段階で既に支給した保護金品との調整を図るために、当該被保護者に返還を求めるものであり、被保護者の作為又は不作為により保護の実施機関が錯誤に陥ったため扶助費の不当な支給が行われた場合に適用される条項ではない。被保護者に不当に受給しようとする意思がなかったことが立証される場合で、保護の実施機関への届出又は申告をすみやかに行わなかったことについてやむを得ない理由が認められるときや、保護の実施機関及び被保護者が予想しなかったような収入があったことが事後になって判明したとき等は法第63条の適用が妥当であるが、法第78条の条項を適用する際の基準は次に掲げるものとし、当該基準に該当すると判断される場合は、法第78条に基づく費用徴収決定をすみやかに行うこと。」と述べたうえで、法第78条の条項を適用する際の基準について、「①保護の実施機関が被保護者に対し、届出又は申告について口頭又は文書による指示をしたにもかかわらず被保護者がこれに応じなかったとき、②届出又は申告に当たり明らかに作為を加えたとき、③届出又は申告に当たり特段の作為を加えない場合でも、保護の実施機関又はその職員が届出又は申告の内容等の不審について説明等を求めたにもかかわらずこれに応じず、又は虚偽の説明を行ったようなとき、④課税調査等により、当該被保護者が提出した収入申告書が虚偽であることが判明したとき」と示されている。
よって、法第78条の適用に当たっては、保護費を不当に受給しようとする意思があることが求められるとともに、課長通知における各基準はその客観的事情を示しているものと解され、かかる解釈に不合理な点はない。
(8) 生活保護問答集について(平成21年3月31日付け厚生労働省社会・援護局保護課長事務連絡)の問13-22の答において、法第78条による「徴収額は、不正受給額を全額決定するものであり、法第63条のような実施機関の裁量の余地はないもの」とされており、また、問13-23の答の「(3)法第78条を適用する場合」において、「意図的に事実を隠蔽したり、収入の届出を行わず、不正に保護を受給した者に対しては、各種控除を適用することは適当ではなく、必要最小限の実費を除き、全て徴収の対象とすべきである。」と示されている。
さらに、問13-25の答において、「法第78条に基づく費用の徴収は、いわば損害追徴としての性格のものであり、法第63条や法第77条に基づく費用の返還や徴収の場合と異なり、その徴収額の決定に当たり相手方の資力(徴収に応ずる能力)が考慮されるというものではない。」と示されている。
2 争点
審査請求人及び処分庁の主張を踏まえると、本件審査請求における争点は、審査請求人が本件収入を申告しなかったことが「不実の申請その他不正な手段」といえるか否かである。
3 争点に係る判断
前提として、金融機関からの借入金、後期高齢者医療制度の高額療養費並びに国民健康保険及び後期高齢者医療制度の保険料の還付金の収入により被保護者の活用可能な資産が増加したといえるから、本件収入が、収入認定すべき収入であることは明らかである。
問題は、審査請求人がかかる本件収入について処分庁に申告しなかったことが、法第78条第1項の「不実の申請その他不正の手段」といえるか否かである。
ここで、「不実の申請その他不正の手段」(法第78条第1項)には、積極的に虚偽の事実を申請することはもちろん、消極的に真実を隠蔽することも含まれると解される。
そして、その前提として、本件収入に係る申告義務を審査請求人が理解していたことが必要である。
この点、処分庁は、①「生活保護のしおり」を用いて審査請求人に収入申告義務について説明をし、それを受け、審査請求人は生活保護制度について説明を受け、「生活保護のしおり」を受け取ったことに関する署名及び捺印をしたこと、②「生活保護法第61条に基づく収入の申告について(確認)」に記載の収入申告義務に関する説明を受け、内容を理解したことに関する署名及び捺印がなされたこと、③そもそも借入を行ってはならないこと、収入申告義務、収入認定について、保護開始時及び保護開始後、幾度となく口頭で説明してきていること、④審査請求人は面談においても通常の対人的な対応は可能であり、会話についても一定の意思疎通性はあり、担当職員との面談においても会話が成立していないということはないとすることをもって、審査請求人は本件収入に係る申告義務について理解していたと主張する。
実際に、処分庁が審査請求人に手交したという「生活保護のしおり」には、保護費以外の収入があればどのような収入であっても届け出る必要がある旨の一般的な記載があるところ、収入の例示の中には、借入金や「公的な制度による給付金等の収入」が挙げられている。
そして、後期高齢者医療制度の高額療養費並びに国民健康保険及び後期高齢者医療制度の保険料の還付金は公的な制度による給付金であり、これらの収入は、「生活保護のしおり」の「公的な制度による給付金等の収入」に含まれるといえる。
しかし、以下に述べる理由から、審査請求人は本件収入に係る申告義務について理解をしていたとする処分庁の主張を是認することはできない。
まず、事件記録にあるように、審査請求人は、少なくとも平成26年頃から平成28年頃までの間、○○症等について通院歴があり、さらに、平成30年5月7日時点で医師より○○症と診断されている。
この点について、確かに、平成28年頃から平成30年4月頃までの期間の医師の診断等については確認できないが、事件記録によれば、処分庁自ら審査請求人について○○症等の既往歴を把握したうえで、遅くとも、平成29年7月14日の時点において、普通の会話は難しい、あるいは、担当職員からの話については理解が難しいとする認識を有していたと認めることができる。
これらの事情から、審査請求人については○○症による影響が少なからず存在していたことは否定できず、漠然と収入があれば申告しなければならないとの理解はあったとしても、審査請求人自らが銀行から受けた融資が「生活保護のしおり」でいうところの収入として申告すべき「借入金」に該当すること、審査請求人の口座に入金された後期高齢者医療制度の高額療養費並びに国民健康保険及び後期高齢者医療制度の保険料の還付金が収入に該当することについて、審査請求人が理解できていたとまでは認めがたい。
以上から、審査請求人は、本件収入について収入として申告する義務があるとは理解していなかったために、本件収入の申告をしていなかったものと認めるのが相当である。
4 小括
ここまで検討したところを踏まえ、本件の事実関係に基づき総合的に判断すると、本件収入について申告しなかったことが、積極的に虚偽の事実を申請することにも、消極的に真実を隠蔽することにも当たらないから、法第78条にいう「不実の申請その他不正な手段」により保護を受けたとまではいえないというべきである。
にもかかわらず、法第78条を適用して審査請求人に保護費の返還を求めた本件処分は要件を欠き、違法である。
5 結論
よって、本件審査請求は理由があると認められるので、行政不服審査法第46条第1項の規定により、主文のとおり裁決する。
令和元年9月25日
審査庁 大阪市長 松井 一郎
裁決書(令和元年答申第7号)
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