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61.強頸絶間(こわくびたえま)跡碑

2018年12月4日

ページ番号:10040

旭区千林二丁目12-23 高木邸内

京阪電車「千林」下車 西約200m

 

 日本書紀の仁徳天皇11年10月の条には、難波宮の北に堀を掘り(名付けて堀江という)、上町台地の東側にあった旧大和川などの滞水を海へ導き、水害を防いだ記録がある(その堀江は、現在の天満橋付近の淀川にあてる説がある)。またそれと同時に、淀川の治水対策として、堤防(茨田堤(まつだのつつみ))も築いたという。その築堤は難工事で、川の神に「いけにえ」を差し出すことになり、武蔵の強頸絶間と、河内の茨田連衫子(まつたのむらじころもこ)の2人が連れてこられた。衫子は策を用いて難をのがれたが、強頸は泣く泣く人柱にたったという。これはその伝説にもとづいた碑である。

 

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