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特別賞(高齢者支援部門)「対話のチカラで、ACPに取り組むケアマネジメント」

2024年9月5日

ページ番号:516592

受賞者

村瀬 崇人 様

エピソード

 -「エーシーピー」ってなに、村瀬さん?
 キーパーソンである本人の娘さんは、その不思議な言葉を確かめるように僕に聞き返しました。
 認知症があるAさん、そして介護の認定は受けていないが呼吸器系の疾患がありお身体はあまり丈夫ではないAさんの奥様の2人暮らし、離れて暮らす5人のお子さん、みんなそれぞれにご事情があり、出来ることは限られていますが、家族の明るさ、あたたかさ、つながりがある、そんなご家庭にケアマネジャーとしての僕が出入りするようになってから、もう6年が経っていました。AさんもAさんの奥さんもこちらの娘さんも、そして僕も、平等に6歳、歳をとっていました。
 ゆっくり説明するから大丈夫、と、僕は出来るだけ普段と変わらない感じで面談、いや、対話を進めていきます。
 Aさんの認知症がゆっくりと進むなか、紆余曲折、大変なこともたくさんありました。奥さんの負担を軽減しようとAさんが通ってくれそうなデイサービスや、Aさんと上手に関わってくれる看護師さんやヘルパーさんを探し回ったり、本当にうまくいくんだろうかとみんなでドキドキしながら「初めてのショートステイ」に挑戦したり、さらには夏の熱中症、冬のインフルエンザ、軽い肺炎や尿路感染での受診や入退院の対応をご家族と手分けして行い、いよいよ夜間せん妄の知らせ(奥さんからのSOS)を聞けば、近所にいるケアマネジャーが自転車でかけつけるしかない、という、カッコいい成功事例とは言いにくい、そんなドタバタした6年のなかで僕たちは、「ゆっくりと話し合う」ことの大切さを共有していました。
 実はAさんは1年ほど前からとあるサービス付高齢者住宅に入居して夜間も含めたケアを受けながら生活をされています。認知機能だけでなく、ADLも緩やかに低下してきたAさんに必要な介護を確保するために、「今はこれが出来る限りの最善だろう」というご家族の決断によるものです。
 -なかなか理想通りにはいかないよね、と葛藤もたくさん経験しながらも、Aさんにとっての出来る限り最善を考え続けてきたご家族の決断は、理解力が低下してきたAさんにも響くところがあったのか、幸い、高齢者住宅では大きな問題なく過ごしてくださっていました。ただ、「いつかは、せめて看取りを考える時期には、お父さんが大好きだった家に帰してあげたい、そして、出来るだけ自然な形で、見送ってあげたい」という子どもさんたちの思いは、消えてはいませんでした。Aさん、そしてこちらのご家庭が迎える最期のシーンはどんなだろうか、この人たちの「願い」はかなうだろうか、かなえられるだろうか、もう90歳を迎えるAさんの状態をモニタリングしながら、僕はずっとそんなことを考えていました。
 僕たちの地域には「オレンジノート」という、終末期に望む暮らしや医療や介護について、本人や家族、医療介護従事者が話し合った内容を書きとめるためのノートがあります。A5版程度のオレンジの表紙のノートです。僕はそのノートを娘さんに差し出して、今から、みんなで話し合っておきませんか?と提案をしました。娘さんは「可愛らしいノートだね」と珍しそうに、興味深そうにそのノートを手に取り、手触りを確かめ、中身を確認され、ノートの作成に賛同されました。幸いまだ、Aさんは簡単な会話なら理解できます。自分の思いを、表現することもできます。長い間、医療面から支え続けてくれたかかりつけの先生、いつも機転を利かせて退院支援や在宅治療を助けてくれた訪問看護師さんからは事前にアドバイスをもらっておきました。
 食べることが大好きなAさん。出来るだけ、最期まで、好きなものを食べさせてあげたい、でもいよいよ食べられなくなったらどうしよう、若い時から、自然な暮らしを好むお父さんだった、今もそう、病院での長期の療養は望まないだろう、胃ろうや点滴に頼るのも喜ばない、痛くないように、苦しくないように、寂しくないように、そして、出来れば、最期はお父さんが大好きだったあのおうちで過ごせるようにしたい。
 終末期のための話し合い、でも、目線をもう少し手前に移せば、「今、これから出来ること」も話し合えます。床ずれや汚染からの感染は起こしたくない、誤嚥性肺炎も予想される、普段の食事の形態に気をつけて、訪問看護師さんともしっかりつながって、早めに先生に診てもらうようにすれば、症状が出ても早く元気になれるかもしれない、そしたら、笑顔で健やかなお父さんの姿を守れるね、いつか来る最期の日を考えたら、今、まだまだ関わりが持てるうちに、家族としてしっかり関わっておきたいね、と穏やかで和気あいあいとした話し合いは続きます。形式や順番にこだわる必要はないからと前置きしておいた小さなノートには、あっというまに、ご家族の思いやりがたくさん書き込まれました。そして最後に、Aさんご自身の手で、Aさんの署名がされました。Aさんには認知症がありますが、話し合いは出来るだけ平易に、柔らかく、Aさんもついていけるように行いましたので、Aさんは、大切な部分についてはきちんと内容を理解されていたと思われます。Aさん、そしてAさんのご家族はそのようにして、認知症のある人のACPに取り組まれました。こちらのご家庭の雰囲気がよく表れた、なんだか賑やかな印象のノートが出来上がりました。
 ところで、僕が何気なく「出来ましたね」と言うと、ご家族に少したしなめられました。そうでした、ノートには、支援者が署名できる欄があったのです。ここはかかりつけの先生のために空欄にしておこうか、と思いましたが、勢ぞろいされたご家族からの依頼(期待?)を断るわけにもいかず、少しだけ考えて、僕はそのノートに自分の名前を署名させていただくことにしました。素敵なご家族に関わらせていただいたことへの感謝をこめて。
 その後、状態の変化に伴い、Aさんは今は特別養護老人ホームに移られています。この時、作成したオレンジノートは僕から施設の担当者に引き継ぎました。「在宅の熱意を託しますよ」と申し添えて。
 さて、Aさんが特別養護老人ホームに入所されたことで、担当の介護支援専門員としての僕の業務は終わりました。それでも、Aさんのご家族は時折、お便りをくださいます。そこには、状態や状況が変化しながらも、変わらないつながりを保ち続けるAさんたちのお姿が見れます。
 これから先、「その日」がいつ、どのように訪れるのか、かつて願われたように在宅での最期を迎えられるのか、違うのかは、誰にも分かりません。ただ、僕は確信しています。それがどのような形で訪れたとしても、Aさんは家族のつながりのなかで穏やかさと尊厳を保ち旅立たれるだろう。そしてそれは、みんなで和気あいあいとオレンジノートをつくったあの日の延長線上にあるものでもあるんだ、と。

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