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最優秀賞「「さようなら」は悲しい言葉じゃない」

2021年10月27日

ページ番号:545653

受賞者

松井 由佳 様

概要

 長期にわたる入院生活を終えられ、ご自分の意思決定ができない状態になってしまっていたA様。
 私の働く施設にご入居された後も、何もできない方であると思っていたが、ある日ご本人様がポロリとこぼした一言により、多職種間での取り組みが始まった。
 日々の関わりにより、数多くの「さようなら」を経験していくA様。表情や発言に変化が見られていく中、職員も「出来ない方」ではなく、「どうやったらA様が出来るようになるだろうか」という意識の変化が見られた。
 これは、A様を中心に、「出来なかったこと」に対して「さようなら」を伝えていく体験談です。

エピソードを通じて伝えたい「福祉・介護の仕事」の魅力

 介護士として長年働いていると、入居者様の衰えを目にすることが多くなり、「この方はできない方だ」と決めつけてしまっていることが多くなってきていた。施設の方針・チームの在り方により、本人様の意志を尊重することの大切さを実感し、本人様が失ってしまった機能を取り戻し、「出来る」が増え、本人様・家族様・職員皆がハッピーになれる。そんなお仕事・職場であると、私は再度実感しました。

本文

 私が働いているのは特別養護老人ホーム。現在入職して3年になります。
 A様がご入居されたのは令和2年12月。長期にわたっての入院生活を終え、ご入居した際は全てにおいて支援が必要な状態で、言葉も少なく、起きているのかお休みになっているのかわからない状態でした。
 「Aさん、おはようございます」と挨拶するも、A様からの返答はありません。
 入居前から食欲がなく、固形の物は召し上がっておらず、栄養補助食品のみを飲んでいる状態でした。あまり口を開けて頂けず“らくのみ”を使用しての開口が精一杯の状態でした。
 身体もガリガリに痩せており、病院での生活が長かったためか、髪の毛もぼさぼさ。A様も「山姥みたい。あんまり見たくない」とご自身の顔なのに、鏡から目を背けていました。
 座位も安定せず、左への傾きがあったため、クッションで体を支えることが必要。一時間起きているのがやっとという状態でした。
 何とかできないかと思ってもご入居したばかりで、私もまだA様をわかっていない状況で、ご家族様もご都合があり、なかなか面会にお越しいただけない日が続きました。
 そんな時、食事の最中に「毎日同じ味ばっかりやから要らん。」とA様がおっしゃいました。栄養補助食品もいろいろな味があるとはいえ、続けていれば飽きてくるのは当たり前。
 ご家族様より、「元々食べることが好きだった」と電話でお聞きしていた情報もあり、このA様の言動から、今の内容では食事を楽しみにされていないと思い、看護師・管理栄養士・訪問歯科医師と本当に液体の物でないと食べることができないのか相談し、食べやすいように少し甘味のあるパンの粥に、コーヒー牛乳を混ぜ、シェイク状にしたものをお試しで。おかずはミキサーされたソフト食を。缶やコップだけではなく、お食事と見ただけでわかるようにきちんと小皿に分けて提供してみたところ、「ご飯や。食べたい。」と目を見開いて驚かれました。口を大きく開けるようになり、しっかりと噛む仕草も見受けられ、「これ美味しいわ。」「これあんまりやな。」と少しずつ食事が楽しみになってきている様子が見られるようになってきました。
 まず最初のさようなら。栄養補助食品と、別れを告げます。
 いつしか口元が汚れるとご自身でタオルを手に取り、口を拭くようになってきました。その状態を見て、私は“食器の器を顔の側へ持っていればご自身で食事を召し上がることが出来るのではないか?”と思い、通りかかった管理栄養士にご自身で召し上がって頂くことを相談していたとき、A様が支援の手が止まってしまったことに対して待ちきれなかったのか、ご自身で食べようとスプーンに手を伸ばす姿が見られました。
 その動作に驚いた私たち。
 「この動作なら自助スプーンならもっとうまく掬うことが出来るかもしれません!」と、すぐさま管理栄養士が動き、聞きつけた看護師も休憩中の職員も集まり、私が口元近くに器を上げるとA様はゆっくりと自助スプーンを使い、ご自身で召し上がりました。
 この時の衝撃を私は忘れません。
 A様が食事に対しての楽しみを取り戻した瞬間、私たちは手を取り合って喜びました。
 そこから、ご自身で召し上がる量が徐々に増え、お皿は綺麗に空になっていきました。
 それのみならず、ティッシュをご自身で取ろうと手を伸ばしたり、身体を前に動かすことができるようになってきました。拘縮のあった肘がご自身で動かしている間に無理なく伸びるようになり、ついには職員のお手伝いが無くとも、お一人で全て完食されるようになりました。柔らかい形の食事形態にも飽きてきたのか「もう少し歯ごたえがあってもいいな」とおっしゃり、嚥下状態を訪問歯科医師が確認。姿勢がよくなっていたことにより、呑み込みも出来ているとの結果。「うん。食事形態をあげてみましょう」と太鼓判。
 柔らかいソフト食から、形がある刻み食へ。本人様が食べやすいように自助食器も用意し、ご自身で食事を取り、選べるようにA様や多職種と話し合い、その都度食事形態を検討していくことで、食べる意欲はさらに強くなってきました。
 第二のさようなら。やわらかなソフト食に別れを告げます。
 「ご飯をご自身で召し上がれるようになったのなら、歯磨きもご自身でできないですかね?」と同僚に言われ、“A様がしたいことは食事以外にもあるのか、それに対してどうやったら出来るのか、もっと知っていきたい!!”と職員の探求心にも火が付いてきました。
 まずは歯磨きについて、最初はご自身で前歯を少し磨くだけで他の歯は支援が必要でしたが、「Aさん奥歯も磨きましょう。そうそう、その調子です」と声をかけ、毎日続けていくうちに、左右上下にご自身で歯ブラシの方向を変えながら磨くようになってきました。
 ご自身の顔も気にされ「ちょっと散髪するわ」とぼさぼさの頭はすっかりきれいに整えるようになり、洗面台にある櫛に手を伸ばして髪を梳かれます。ご自身で顔が拭けるようになり「ちょっとは見れるようになってきたな」とA様も満足な表情でいろいろな角度からご自身を確認されます。
 第三のさようなら。山姥のような身なりに別れを告げます。
 食事・歯磨き・整容と、どんどん気にされることが増えてきたA様に対し、私たちもどんどんA様が出来るように提案を行う日々が続きます。
 その結果、支援なしでは生活できなかったA様の“出来る”が増え、段々と表情も明るく、よく話もされるようになりました。
 食事と身だしなみが整うと、当然排泄にも不快感を表わすようになります。便が出そうなときになると「ここトイレやろ。トイレ行きたいねん。」と通りすがりに指をさしておっしゃり、機能訓練指導員からも「体力もついてきているし、座位の安定が保てているので試してみましょう」と、A様の希望時にトイレへご案内できるようになりました。
 第四のさようなら。オムツに別れを告げます。
 回数を重ねるうちに「トイレ行きたいけどあんたに迷惑かける。失敗せんとトイレ行きたいねん。」と職員にも気を遣ってくださるようになり、機能訓練指導員と介護係長の助言で、立ち上がり補助リフトを使用。「これであんたにも迷惑かけへんね」と支えているのが機械であるため、気兼ねなくトイレを使用することが出来てきました。
 その内、等間隔でトイレの希望をおっしゃり、排便もトイレで行い、パッド内での失禁もなくなってきました。
 第五のさようなら。尿取りパッドのこちらにも別れを告げます。
 食事・整容・排泄とご自身で整え、入浴も機械浴を使用していましたが、リフトを使用しながら一般的なお風呂に浸かって頂けるようにもなりました。
 最近では「パンが食べたい。」とご自身の食べたい物をおっしゃるようになり、スプーンで掬いにくいので箸を持って頂くと、箸でパンをつまんで食べることが出来るまでになっています。
 救世主であった自助スプーンにも別れを告げるときがそろそろ来ています。
 電話でのご連絡は差し上げていたものの、コロナ渦で中々面会にお越しいただけていなかったご家族様と約半年ぶりに面会された際は「ここまで元気になるとは思っていなかった。」とA様を見て感激されます。そこにはシャンと背筋を伸ばして座り、お食事を摂ることにより肌艶がよくなり、キチンとご自身で身なりを整えたA様が、元気に生き生きとしていました。「こうのとりさんに預けて本当に良かった」と、ご家族様からのお言葉に対して、私は胸が詰まる気持ちのまま「A様がここまで私たちを導いてくださいました」と共に喜びを分かち合いました。
 始めは何も出来なくなっていて、ご自身の顔も、食べることや排泄することに対しても興味が薄かったA様。
 この時のA様にも“さようなら”と心の中で伝えます。
 ご本人様の言葉・想いに対して「現状では難しくても、どうやったら出来るだろうか」「どうにかして出来る方法はないだろうか」と共に考え、変化があったときには共に喜び、徐々に本来のA様に戻っていく様子をこの施設・このチームで感じ取ることができたたことは私の一等一番の喜びになりました。
 今日もA様は、笑顔で他のご入居者様とお話をしています。
 「こんにちは、Aさん」「こんにちは。今日もよろしくね」仕事に入る前のご挨拶。
 「さようなら」ではなく「こんにちは」を伝えられるこの瞬間に、私は今日も何とさようなら出来るかなと、考え続けます。

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