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優秀賞「やりたい事、出来る事(ジョブ)を増やす(足す)その先へ」

2023年4月1日

ページ番号:579235

受賞者

工藤 智史 様

概要

失語症で長い期間を治療に充てた利用者さんの初めての就労支援利用での出来事です。私自身も異業種からのチャレンジだったので未熟な部分もあり、障がい者=社会的弱者だから周りからの支援が必要というざっくりとした認識で寄り添っていました。そんな中、就労継続支援の福祉サービスの利用が初めてとなる一人の若い女性の利用者さんが本人の抱えてる失語症といった病気を受け入れて成長するまでの話です。福祉の業界初心者であった私にとって、本人のできる事を増やす、できる事で楽しくなるといった要素から、人は成長するんだという気づきを与えてくれたエピソードでした。

エピソードを通じて伝えたい「福祉・介護の仕事」の魅力

 必ずしも支援の効果が支援者側の思ったとおり働くことはありません。良かれと思って発した言葉がその人にとってはマイナスに受け取られることも多くあります。ですが、反対に「○○さんから元気を分けてもらえた気分」と感謝された時、ふと過去の職場で感謝されることってそんなにあったかな、と思い返します。他業種を経験したからこそ、感謝ってそれほど周りにはありません。思いやりやホスピタリティ精神の積み重ねで人に与える影響を垣間見える仕事だと思います。

本文

 以前、インターネット通販の事業で勤めていた会社を退職し、その後他業種(IT業界や建築業界など)を渡り歩いていた私にネット通販の基礎を学ばせていただいた会社の社長から「障害福祉の分野に参入したいと思っているので手伝って欲しい」と声を掛けられ、二つ返事でOKしてから早10年。当初は福祉も障がい者への接し方も何もわからず、右往左往する日々でした。当時は就労継続支援A型と言われても福祉初心者にはその言葉の意味もわからず、「障がい者向けのパソコンインストラクター」のような軽い気持ちで「教える事」=「支援」の解釈で接していました。
 そこを開所してから数か月が経過したころに母親と見学にきたY様との初対面でした。当時Y様は20代前半の女性。とある出来事がきっかけで発声ができなくなり、長期に渡っての通院治療を行っていました。治療を続けても回復が見込めず、本人も嫌気がさしたのか、次第に外出もしなくなり、家に引きこもる生活が2年ほど続いていたそうです。娘の将来を心配した母親がたまたま事業所のパンフレットを見て、外に出るきっかけとして半ば強引に見学に連れてきた、というのはよくある話で、Y様もその例に漏れず当事業所の見学の門を叩きました。その時点で本人もご家族も就労支援という福祉サービスをご存じありませんでした。
 
 初対面の本人は全く発声ができない、というわけではなく、とてもか細い声で、耳を向けるとなんとか聞こえる程度の発声でした。ただ、本人的には一生懸命しゃべっているのに相手は聞こえないので何度も聞き返されるというやり取りがストレスに感じていました。事業所の説明、見学、体験を経て、本人のニーズもパソコンのスキル習得であったことから、まずは試してみましょうと利用契約となりました。長い通院と引きこもりの生活から家族や病院関係者以外の人との触れあいに躊躇していることもあり、まずは女性職員やサビ菅とのコミュニケーションに限定し、手段は筆談で行うことに本人も同意されました。質問があるときは挙手をするか、職員のところに小さなホワイトボードで質問や要望を書き込むといった流れです。
 
 インターネット通販の業務の中で、「商品の物撮り(写真撮影)」「出品」「研磨・クリーニング」「出荷リスト作成」「梱包・発送準備」「問い合わせ対応」とそれぞれチーム分けをしており、Y様は出品を担当しておりました。出品作業は商品を手に取りひたすらパソコンで商品説明や価格設定を入力する作業です。元々ご本人が複数人で行うチーム作業より一人で行う作業を希望されたことやチーム作業となると周りとのコミュニケーションが必要になることから事業所側としても本人のストレスを誘引する事態は容易に想像できるので避けるべきという判断をしたこと、加えて引きこもっていた期間が長かったこともあり、本人としてはハードルが高く感じたことが理由です。
 
 Y様はパソコンを全く触ったことがないということは無かったのですが、操作自体は久しぶりということもあり、まずは初心者としてのレクチャーから始めました。パソコンの電源を入れてマウス操作、キーボードを見ながらのローマ字入力といった具合にレベルを上げて、まずはタイピングもスピードではなく正確性を重視するという指導内容です。
 
 久しぶりの家族以外の人との触れあいにおどおどしながらも一生懸命説明を聞いている本人の姿はとても前向きな姿勢で、女性職員のみが対応すると決めた以上、私が直接指導するわけにもいかず、ちょっとしたもどかしさを感じたことを覚えています。意欲が高かったこともあり、出品のルールや定型文の入力支援ソフトなどの活用方法もすぐに習得し、簡単なものから出品業務に着手していきました。
 
 次第に男性職員にも質問をするようになってきた頃から、本人の業務習得度に比例して質問の内容も複雑且つ多様になり、筆談では追いつかないことが出てきました。それが本人にもストレスになっていることが面談で発覚し、カンファレンスにて打開策を検討しました。リアルタイムで綿密なやり取りが必要であるが口頭での応対は現状では難しいとの結論になりました。そこで以前に私が勤めていたIT企業では従業員同士の連絡ツールにメッセンジャー系のフリーソフトを使用していたことを思い出し、本人のパソコンスキル習得にもマッチしているのではないかと提案し、全端末にそのアプリを導入しました。それにより、チャットの間隔で本人が理解できるまで掘り下げた質問の回答や作業指示を行うことができました。また導入の副産物として他の利用者さんも同じフリーソフトを使っていますので、隣の席の利用者さんがスムーズなブラインドタッチでタイピングを行っているのを目の当たりにしたことで本人のタイピング習得意欲が向上し、暇をみてはブラインドタッチの練習を行っていました。そのソフトの用途としては業務中の質問に限定するといったルールは設けなかったので、仲のいい利用者同士で雑談のようなやり取りをされている人もいらっしゃいます。それが本人としても羨ましかったのか、タイピング習得だけではなく、コミュニケーションに対する意欲にも繋がったようでした。タイピングの早い利用者さんにコツやどうやって練習したのかなど、少しずつチャットで質問しているのを見かけました。
 
 周りの女性利用者さんとも少しずつですがそのフリーソフトを通じて質問や雑談的なコミュニケーションを行うなどをしておりました。その時のY様は初対面の母親の後ろに隠れていた時と比べて表情も多少柔らかくなったことを覚えています。スムーズに入力を覚えられた頃の評価面談で「周りの人と会話でコミュニケーションをとりたい」と本人が申し出てきたのもちょうどその頃でした。
 
 次第に利用者さんも増えてきて、次の事業所開業の準備の為に私は事業所を離れることが多くなりました。数か月ぶりに戻ってきた時に、事業所はちょうど休憩時間だったのですが、外の駐車場スペースでY様が他の利用者と談笑している光景を目の当たりにしました。あまりにも普通の光景だったので思わずスルーしてしまいましたが、よくよく思い返してみるとその当たり前の光景は数か月前は当たり前ではありません。慌てて戻って見直してみても、見間違えではなく、Y様は声を出して笑っていました。慌てて現場職員を呼び出して私が不在時の様子を聞いてみました。
 
 「ちょっとちょっと。Yさん普通に会話してたけど、なしたの?」
 「そうなんですよ。ちょっと前から急に話せるようになって。我々もだけど、お母さんがびっくりしていて。こないだなんて泣きながらありがとうございます!って電話来ましたよ。嬉しいですね」

 実際、就労継続支援の事業所として治療や医療行為といったことはできません。本人が発声できるような関わり方を重点に置く支援を徹底したということもありません。本人が「そうなりたい」と自然に思える環境をたまたま用意できたものだと思います。本人のやる気だったり、やりがいだったり、目標や目的意識を持って、その状況を楽しめるという環境が彼女にそういった成長を与えるきっかけになったのだと思います。
 
 その後の評価面談にて、本人からも「今の環境が楽しい」「家に籠っていたころは笑い話みたい」と振り返りがありました。事業所に対しても感謝の言葉があったそうですが、私の方こそ、人は互いに影響を与えたり、与えられることで成長していけるということを目の当たりにし、深い感動を与えてくれてありがとう、と心から思いました。私自身が「障がい者向けのパソコンインストラクター」から「支援者」としての小さな一歩を歩めた機会となりました。

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