ページの先頭です

優秀賞「さくらがみたい(…) わがままいつていいの(?)」

2023年4月1日

ページ番号:607518

受賞者

岩本 育也 様

概要

 私は、看護ステーションに勤務し作業療法士として訪問リハビリを行っています。
 神経難病ALSにより人工呼吸器を使用し、コミュニケーション手段が限られているY氏から聞かれた「さくらがみたい」をきっかけに、支援チームが仕事の枠を超えて連携。数多くの問題を乗り越えて外出を実現し、Y氏とご家族の想い出の時間を共有する事ができました。桜の木を前にしたY氏から、言葉ではない【ありがとう】を支援チーム全員が聞き、自宅療養の素晴らしさを体験する出来事になりました。

エピソードを通じて伝えたい「福祉・介護の仕事」の魅力

 少しずつ当たり前になってきた「最期まで自宅で過ごす」という介護・療養環境ですが、これを実現できている事がゴールでは無いという事を深く考えるきっかけとなった出来事でした。ご本人や家族のヒストリーを知り、最期まで人生を豊かにできる様に取り組む事が大切で、それを実現できるのが福祉や介護に従事する自分達です。長い人生の最期をより良いものにする支援に携われる事。こんなに素晴らしい役目は他には無いと、誇りを持てる仕事だと思っています。

本文

 私が作業療法士資格を取得し勤務を始めてから約20年、その8割を訪問リハビリテーションのセラピストとして、在宅介護の場で多くのご利用者を担当させていただきました。病院で行われるリハビリテーションは、退院後の生活を良くするため、機能回復に重点を置いて実施されます。対して、在宅で行う訪問リハビリテーションは、ADLQOLの維持向上を主な目標としており、身体能力の向上だけでなく一人ひとり異なる残存能力の活用に取り組んでいくものです。
 私が担当させていただいた方の中で特に印象深かった、神経難病ALSに罹患された女性との関わりについてお話しさせていただきます。

症例
 Y氏 女性 70歳 病名:ALS  夫、娘、孫との4人暮らし
 気管切開し、人工呼吸器を使用

 Y氏は初めてお会いした際、既に人工呼吸器を使用し、気管切開により言語でのコミュニケーションはできない状態でした。訪問リハビリテーションでは、Y氏の主訴である四肢倦怠感の改善と、関節拘縮予防の為の運動リハビリに加え、主なコミュニケーション手段となっている筆談及び指文字を行う能力の維持が、取り組みメニューとなっておりました。  
 リハビリ開始から、Y氏は一貫して真剣にメニューへ取り組まれましたが、ALSの進行で筋委縮は徐々に進み、「手足を動かすこと」「指で字を書くこと」「文字盤を指さしすること」といった順に身体機能は失われ、時間の経過と共にいよいよコミュニケーションを取る事が難しくなってきました。この段階で良く使用をイメージされるのは、映画やTVのドキュメントなどで度々目にするコミュニケーション機器である『眼球の動きで操作できる文字盤』ですが、これは使いこなせるようになる迄、ご本人と家族に相当な努力と時間を要求する代物です。Y氏の例では、ご本人の年齢や家族の生活状況から判断し、活用が困難という状況でした。
 例として、入院という生活環境で本件と同じような状況となった場合、多くはコミュニケーションを諦めて治療を優先する事になると思います。治療を優先と言っても治るわけではありませんが・・・。しかし、Y氏が意思疎通の手段を失えばQOLは著しく低下し、その影響は生活すべてに及んでしまいます。自宅で療養を選択する事には多くのメリットがあると考えていますが、楽しみやストレスの軽減など殆どのメリットは、意思疎通なしには成しえません。そこで、この様な事例を多数経験してきている福祉機器の事業者へ相談して方法を模索しました。複数の提案を受けた中から、空気圧をコントロールして文字盤のカーソルを操作する機器を、わずかに動く足用にカスタマイズする方法を提案する事にしました。この機器の操作もY氏にとって簡単ではありませんでしたが、ご本人と家族に取り組む意思を確認し、福祉機器業者とも綿密に打合せを行って導入が決定しました。
 機器の設置と操作するための補助具を私が作成し、Y氏が疲れにくく使いやすいように微調整を繰り返す事で、機器を使用して挨拶やお礼などの簡単な言葉は短時間で伝えられるようになりました。また、時間は掛かるものの自由な会話も可能になりました。Y氏のコミュニケーション手段が確保された事で、一定のQOLが保てたと安堵したのを覚えています。
 この状態で約2年、リハビリで関わりながら経過した春手前の季節、この機器を使用した意思疎通リハビリの何気ない会話の中でご本人より「人工呼吸器を着けてから約3年、一歩も屋外に出ていない」という事を聞きました。その時は特に話を深堀する事になりませんでしたが、リハビリ後にどうしても気にかかったため家族の方に確認したところ、Y氏が桜シーズンを毎年楽しみにしていて、寝たきりになる前は家族や友達と花見に行っていたという事をお聞きしました。次の訪問時にY氏へ確認したところ、【さくらはいちばんすきなはな でもめいわくがかかるからそとにはでられない あきらめています】という返事。この時点で、全身の筋萎縮は最終段階に来ており自らの意思で動かせる部分は殆どない寝たきり状態。人工呼吸器の使用で頻繁な痰吸引を必要としており、ご本人が諦めていると言われるのも無理はなく、軽々しく方法を考えると言える状況ではありませんでした。提案が躊躇われたのは身体状況の事からだけではなく、不確定な事を伝える事でY氏や家族を期待させ、それが叶わなかった時の落胆を心配したという事もありました。しかし、桜を見られるのは一年のこの僅かな期間だけしかありません。来年があるかどうかも分からない上に、あっても今より状況が好転している事はあり得ません。私は、もし落胆させてしまう事になったら「小さな桜の木を手に入れて私がどうにかしよう」「時間が掛かっても明るい気持ちを持ってもらえるように桜や花見の思い出について私が会話しよう」などと考え、意を決し御主人と娘様に希望を確認しました。

「母に桜を見て欲しい。私達も頑張るので、協力して欲しい!」

と力強い言葉をいただいた事で、何とか花見を実現したいという想いが更に強くなり、実現の為にどのようなハードルがあるか確認する事にしました。主治医、訪問看護師、私(作業療法士)、ケアマネージャー、訪問介護士で緊急の担当者会議を開いて相談。身体状況から相当のリスクはあるが、人工呼吸器・吸引器が搭載できるリクライニング車いすを用意する事、訪問看護師が同行する事、医師が緊急対応可能な時間帯に外出時間を絞る事を条件に主治医から実施許可を得る事ができました。Y氏と家族へ入念にリスクを説明。Y氏は当初、迷惑が掛かるという事を理由に否定的でしたが、最終的に【さくらがみたい(…) わがままいつていいの(?)】という言葉を私たちへ伝えてくれました。これで条件は整いました。
 2年前にコミュニケーション機器を手配してくれた福祉機器事業者がリクライニング車いすの用意してくれました。ケアマネージャーが介護タクシーを手配。車いすへの移乗、コミュニケーション機器の調整は私(作業療法士)、車いすの操作は訪問介護士、痰吸引及び状態観察は訪問看護師、主治医はオンコール体制、御主人と娘様の同行という支援チーム総出で花見を決行。移動中Y氏は『たのしみです』と繰り返しておられました。そして目的地で桜を前にした時、Y氏とご家族は終始涙を流しておられました。家族の想い出の時間を最優先し、コミュニケーション機器の操作を控えた為、その場でご本人の言葉を聞いたわけではありませんが、同席させていただいた支援チームの全員が、確かにY氏の感謝の【ありがとう】を聞きました。限られた時間でしたが、その場にいた者すべての心が満たされる2時間でした。
 その方はその半年後に亡くなれましたが、最期を迎える直前まで意思疎通を諦めることなく、自宅で過ごせている喜びを繰り返しお話ししてくださいました。ご家族からも自宅で介護する道を選んで良かったと言っていただけ、関わりの中でY氏やご家族の事を深く知りその人生の一部を支援できた事は、私が作業療法士として関わることができた最高の瞬間でした。

SNSリンクは別ウィンドウで開きます

  • Facebookでシェア
  • Xでポストする
  • LINEで送る

探している情報が見つからない

【アンケート】このページに対してご意見をお聞かせください

入力欄を開く

ご注意

  1. こちらはアンケートのため、ご質問等については、直接担当部署へお問い合わせください。
  2. 市政全般に関わるご意見・ご要望、ご提案などについては、市民の声へお寄せください。
  3. 住所・電話番号など個人情報を含む内容は記入しないでください。

このページの作成者・問合せ先

大阪市 福祉局生活福祉部地域福祉課

住所:〒530-8201 大阪市北区中之島1丁目3番20号(大阪市役所2階)

電話:06-6208-7970

ファックス:06-6202-0990

メール送信フォーム