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【約束】~あなたが忘れてしまっても~

2024年9月5日

ページ番号:634816

受賞者

 野田 美佳 様

概要

 私の働く特別養護老人ホームに入居されているY様。ご自分のこだわりやペースがある方です。
 そんなY様のこだわりを守る為、Y様がいつまでもこだわりのある生活を維持できるようにする為、支援方法の見直しや提案、他職種間でのカンファレンスを続けてきました。私がY様とした約束。約束を守る為にはどうしたらよいのか?を日々考えてきました。私もY様も約束を守る為の努力をお互いに行えたこと。このことが私にとってかけがえなく嬉しいものでした。後悔もあり、どれが正解であったのか、未だわからないことが多いけれど、Y様と行っている約束は、今も私の中で絶対忘れず守っていく指標になっています。

エピソードを通じて伝えたい「福祉・介護の仕事」の魅力

 今回の体験を通じて【介護に正解なんてない】と改めて気づかされました。入居者様の生活を支える事が私達の仕事ではありますがお食事・入浴・排泄だけでなく入居者様のもともとの生活習慣やこだわりを守り継続していく事が入居者様のより良い生活に繋がっていくと改めて思いました。これからも入居者様の動き出しを認め、信じ、継続していける環境作りを行っていきたいです。

本文

 私の働く特別養護老人ホームにご入居されているY様。性格はご自分の事は自分でやりたい。自由に移動し生活したい。ご自分の杖でいつも歩行されていてその杖が本人様にとってとても大切な相棒でした。しかし、次第に背中が丸くなる円背となってきて、顎を突き出すようにして歩かれることが多くなり、それを気にされた本人様は一生懸命筋力トレーニングを行われますが、バランスを崩されて転倒されることもしばしば。その際に「私、車いすは乗らへんで。そんなんに乗るなら死んだほうがまし」「歩くのもついてきてほしくない。あんたらの世話になるの申し訳ない。」「自分の足で歩きたい」とはっきりと伝えられ、それであればとリビングや居室を出来るだけ伝い歩きできるように配置させて頂き、周囲の方にもご協力頂き、歩行の見守りにて日々を送られていました。
 けれど、認知症の進行も相まって、次第にY様の行動に変化が見られます。
 頭が上がらないと俯き加減に歩行され居室とは違う方向に行かれては「どうしたらいいの」と泣きそうな顔。相棒の杖は上下が逆さまの状態で使用され、遠くに置き忘れ、床に落ちているゴミを拾おうとして再度転倒。「情けない」「自分が嫌になる」と涙をこぼしながら仰られるY様に、介護主任が「真っすぐであればしっかり歩くことが出来ていますよ。方向転換の時にバランスが崩しやすいので、それなら床に目印を張って居室とトイレの方向がわかるようにしましょうか。私たちはYさんの力を信じます」Y様が道に迷わないように床にテープを貼り、そう言われました。「ありがとうね。わかりやすいわ」とほほ笑んだY様を見て、私もY様の力を信じ、少しでもY様に自信を取り戻してもらおうと日々の声掛けは出来るだけ明るく、俯かれているY様と目と目が合うように床に膝をつけながらお話します。
 本人様の【ご自分の大事な杖で歩行を続ける】というこだわりを大切にし、継続出来るように、チームは勿論、他の入居者様にも事情を説明して皆でY様を見守ります。
 そんなある日、Y様がご入院される事になりました。3週間程の入院生活の後、施設に戻られたY様。車椅子に乗られ表情もどこか暗く、険しく、以前の様な朗らかな笑顔はありません。入院前はとても大切にされていた相棒の杖の事も気にされるご様子もなくなっていました。退院からしばらく経つとご自分で車椅子から立とうとされるご様子がありました。私は本人様の【立ちたい】【歩きたい】という思いは残っていたんだと嬉しくなり、Y様が以前の様にご自分で自由に生活が出来る様にしたいと考えました。
 それでもY様の下肢筋力を考えると以前の様に杖で歩行されるのは難しいと、私でも判断が出来るほど立位状態も小刻みに震えており、バランスがとりづらいご様子で、恐怖心からいつまでも手を放さずに中腰のままで「もう無理」と仰られることもありました。出来るだけ一人で歩きたい。誰の手助けもしてほしくない。皆に迷惑をかけたくない。その気持ちから転倒を繰り返されていることもあり、私は歩いてほしいけれど、家族様や周りの職員からの反対があるのではないかとも考えていました。Y様の気持ちは歩きたいと思っていても、身体は歩ける状態ではないのではないか。リハビリを行ったとしても、また一人で立ち上がられ、転倒されてしまわれ危険ではないか。
 そういう意見がカンファレンスでも出てくることを覚悟していました。
 けれど、「Yさん、歩きたいと仰られているね。表情も良くなってきたし、この前も立ち上がっていたのを見て拍手したら照れて笑われてたよ」「僕も考えたんですが、今は難しくても本人様のやる気があれば前のように戻るのではないかと思ってます」「まずは栄養面を見ていきましょう。お食事をしっかりととって頂き、体力をつけて・・・」
 驚きました。
 Y様の御意向を汲み取り、歩いて頂きたいと思っていたのが私だけではなかったこと。
 「転倒する可能性もあるので、設えはもう一度本人様と相談しましょう」「家族様にも御意向確認してみますね」誰一人として、想いを笑わず、出来ないと決めつけず、Y様の御意向に沿った支援内容を考え、私もやりたい気持ちを抑える事なく意見を出していきます。
 「本人様も頑張られるので、私たちはバックアップ。本人様が動き出されているので再度転倒される可能性は高くなる。見守りも一対一でずっとついていけるわけではないので、Y様の動きを見ながらの支援になるよ。介護職員忙しくなるけど大丈夫かな」「はい!大丈夫です!本人様にも出来るだけの事をするからちょっと呼び鈴押してもらうとか、声かけてもらうとか説明して協力して頂けるようにお願いしてみます。出来ないところだけお手伝いしますって約束してみます」弾んだ胸を抑えながら、カンファレンスを重ね歩行車の提案を行う事にしました。
 入院前から度々、杖に変わるものの提案は行っていましたが本人様が「これ(杖)があるから。」と頑なに歩行車の使用をお断りされていた事もあり、本人様に歩行車を受け入れて頂けるのか不安でした。歩行車の提案を行った日、やはりY様はあまり乗り気ではなく、「これ何?歩く道具?」と怪訝なお顔をされていました。そこで私は「私は以前の様にまたY様が杖で歩くお姿が見たいです。ですが今は病院から戻ったばかりで足の筋肉も減ってしまっています。だから身体が動きやすくなるまでは歩行車を使用し歩く練習から始めてみませんか?私もY様が相棒の杖とまた歩ける様に一生懸命にサポートする事をお約束します。だからY様も歩く時は私たちと一緒に歩行車使うと私と約束をして頂けませんか?」Y様は「約束?分かった。絶対守ってな。」と。「はい。絶対です。」2人で笑いながら指切りげんまんをしました。
 その日からY様の歩行車を使用しての歩行訓練が始まりました。最初は職員が付き添いながら。下肢の筋力も徐々に向上し自信が付いたY様は1か月経つと一人で歩行車を使用しながらいろいろな場所に歩いて行かれるまで回復されました。ですがその1か月間の間、やはり歩行車を使用せずに歩こうとされ転倒が続く事もありました。幸い大きなお怪我をされることなく、Y様もこけるかもしれないという思いから慎重に行動されていましたが、自信がついてきたが故に、ご自分の力だけで歩こうとされることが多くなりました。
 施設では転倒などのアクシデントが起こるたび、その日のうちに多職種が集まって原因分析と再発防止策を話し合います。とはいえ、支援者が対策を講じても、Y様自身が納得されないのであればそれは机上の空論となります。呼び鈴(ナースコール)を手元に置き、押して頂くように啓発を続けても認知症による物忘れと元来からの「人に頼りたくない」というお気持ちも相まって、呼び鈴(ナースコール)を押して私たちに歩くことを教えてくださることはありません。
 そんな時、私が「Y様、私と約束しましたよね?もう少し歩行車は使って頂きたいです。」とお声がけすると「私は約束なんかしていない!」と立腹されてしまう事も多々ありました。ですがそのたび、「分かりました。では、今日もう一度指切りげんまんしましょう?Yさんが思う通りに過ごせるように協力しあいましょう。もう一回約束をしましょう?」「いいよ。ごめんね。私すぐに忘れてしまって・・」「大丈夫です。Yさんのやりたいを応援させてください」と根気強くお声がけを続けました。
 やはり日が経つとその約束は忘れられてしまいます。けれど私は、≪入居者様と職員≫という関係性ではなく≪人と人≫として約束を重ね、達成していきたかったのです。退院後、Y様が歩きだされた事。以前Y様の事を信じた介護主任のように、本人様の歩きだしの一歩を信じ、継続出来るように支援していく事。その橋渡しが私にとっては約束だったのです。
 けれど、そんなY様は夜間に居室内を1人で歩こうとされ転倒し骨折。再度入院となってしまいました。
 私の心の中にずっとあるY様の「約束、絶対守ってな。」の一言。私も最初のY様との約束は結局果たせませんでした。
 
 Y様のように、一瞬の不注意で、一生の傷を負う方は珍しくありません。

 高齢の方にとって、歩けることと、歩けないことは大きな差があり、本人様が望まれる限り、歩ける生活の支援を行いたいのですが、その結果Y様は骨折され、入院を余儀なくされました。
 私は介護経験も長く、これまでもいろいろな方の生活を垣間見てきました。
 やりたいと思った事は、すぐにやりたい。そういうことが出来る介護職員になりたいと思い、今日まで勤めてきていましたが、ここで大きなジレンマに陥ります。
 あの時、私が歩くことは危険だからやめた方がいいと伝えたほうがY様にとって良かったのではないか。

 あの日、Y様にもっと厳しく注意をし、必ず絶対歩行車を使ってほしいと言い続けるべきだったのではないか。
 約束という言葉を、軽々しく使うべきではなかったのではないか・・・。
 
 様々な後悔がよぎり、あの時どうしたらよかったのか、今も明確な答えは出ません。
 「家でも施設でも、転倒する可能性はどこにでもある。うちは施設だから、ルールとして【こうしてもらわないといけない】と打ち立てるのは簡単。でもここで生活される入居者様にとってそれが足かせになってはならない。転倒しないようにするには立てないようにする。常に監視して何かをするたびに制止する。それを【ルール】に出来る。でも、その生活の先にあるのは何だろう。どういう生活を皆は望む?僕個人の考えになるけど、やりたいことが出来ない暮らしは嫌だ。入居者さんの立場でも、職員の立場でもしたくはない。その結果が望ましくないものであっても、歩いていたYさんの笑顔や言葉は忘れないよね?入院から戻ってこられた時、Yさんは恨み言を言うかな?あの時あんたらが見てくれなかったから骨折したんだって仰るかな」
 落ち込んでいる私に、施設長が仰った言葉に、私も同じ意見だと思いました。
 Y様に歩いて頂きたい。その結果は骨折となりましたが、本人様のご感想はまた違うものかもしれません。
 「ただいま」病院からご帰宅された時、車いすに座られたY様が私に言ってくださいました。
 骨折したことを恨んでいないのか、こんなに苦しい思いをさせた私の事を許してくださるのか。
 明確なお言葉は頂くことができませんが、今ここで笑って下さっているY様にとってより良い生活を共に送っていくのが私の使命だと思いました。
 Y様は退院後、ご自分で立ち上がろうとされたり歩こうとされる事はなくなりました。さらに認知症の進行もあり、お食事中にスプーンを反対に持ってご自分で召し上がる事が難しい日も増えました。ですがある日、私が食事支援を行おうとすると口をぐっと閉じられ首を横に振り、「いい。自分で食べる。」とぼそっと仰られました。私はこれがY様の新しい【こだわり】なのだと嬉しくなりました。「Y様、ご自分のペースでご飯食べたいですよね?」静かに私を見つめて頷くY様。「分かりました。Y様がご飯をしっかり食べることができるように食器や箸とかの工夫を行っても良いですか?Y様もどれが食べやすかったとか教えて下さい。」「わかった。絶対言う。約束する。」
 私とY様の次の約束はもう始まっています。今度は絶対約束を守れるように。

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