突然×偶然=日常
2024年9月5日
ページ番号:634848
受賞者
松本 良子 様
概要
両手足にリュウマチを患われ旦那様の支援にて暮らしておられたが、その旦那様が亡くなられ特別養護老人ホームこうのとりに入居されたF様。F様の担当になり、コミュニケーションを図る中でF様の希望と意向を知っていきます。そこで3つの支援、歩行練習、居室の設えの変更、スノーフレーク作りを行います。変形した両手指を使用し小物作りを行うには?どうしたら出来るか?を考えます。出来ないと諦めた事を成功された事で、F様からは「何でもチャレンジしたい」と前向きな新しい意向が飛び出しました。不自由な身体であっても独自のやり方を身に付け生活されてきたF様。そんなF様を見て「凄いですね」という言葉しか見つからない職員。でも決まって言う台詞は「しょうがないもの」…。この「しょうがないもの」の言葉の重みをF様を通じて生きて来られた背景を知っていくお話しです。
エピソードを通じて伝えたい「福祉・介護の仕事」の魅力
コミュニケーションの必要さと大切さを身を持って感じる事が出来ました。F様と会話をする事で、何気ない言葉から歩んで来られた人生を知る事が出来ました。そして、F様からも信用と信頼を得る事が出来、これが介護士の醍醐味だなと思っています。
本文
私は、特別養護老人ホームに在籍し、介護歴は10数年。現場長であるフロアマネージャーの経験と共に沢山の研修に参加させて頂き、日々介護の事・認知症の事に対して学んでおります。その中で、最近最も感銘を受け、触れ合った入居者様F様の事についてお話したいと思います。
F様は、両手足に関節リュウマチを患われておられるもご自宅で旦那様と共に暮らされていました。その旦那様が突然体調不良になり入院され、お一人での生活をするには不安があるとF様は急遽短期入居利用をされました。偶然私のフロアでお過ごしされる事になり、そこからF様と私たちの関係が始まりました。
初めはどのような方なのかを知るために、自己紹介。急にご自分の生活が変わったことによる戸惑いもあるかと、出来るだけ明るく行います。
ご自宅での生活や生活習慣をお聞きし、お部屋は出来るだけ不自由のない様に本人様と共に考えましたが、まだ遠慮がある状態。
「急に来たけど、皆優しくしてくれてるよ」と、他の職員にもお話されており、少し安心したのを覚えてます。私は出来れば今後もここで一緒に生活がしたいと思っておりましたが、本人様はやはりご家族様の事を心配されており、旦那様の退院と共に一度ご帰宅されました。
旦那様との生活に向けて、「がんばらなあかんわ。負けへんで」と笑いながら仰っていましたが、その後、旦那様が亡くなられ、F様は施設入居が決まり、ご縁があるからと私の所属するフロアにご入居していただくことになりました。
急な環境の変化・親しい親族様との別れ、昔からあるが最近特に気にされているご自分の体調への不安。
様々なことを気にされているF様の事をもっと知りたいと思い、まずは何から始めたらいいだろうと考えていた矢先、偶然上司から外部研修のお誘いがあり、その中で取り組み対象者になって頂けないかとF様にお願いしました。「私で協力出来るなら頑張ります」とお言葉を頂く事が出来ました。
まずは施設でも大切にしている本人様の意向の確認です。「子供達が幸せになっていくのを見届けたいなあ」とすぐに答えられ、「今はこんな指やけど昔は物作りが好きでね。色々な物を作ってたんよ」とリュウマチでご自分でもなかなか曲げ伸ばしが困難な手を見ながら話されました。
旦那様の事は仰らず、F様は常に未来を見て、自分でも出来ることを探されている方なのだなと感じたのを覚えています。
お聞きしたご意向から、今から出来ることとして、子供達が幸せになっていくのを見届ける為には「自身の健康の維持」が必要と思いました。
既往歴には関節リュウマチや高血圧などがあり、これらの病気はどんな病気なのかを調べ、看護師にも質問します。
「まずは身体を温め、ストレスなく生活する事が必要よ」と助言があり、その時に「F様のベッドからだと居室の扉が見えず、誰が入ってきたかわからないから、物音がするとビックリするみたいよ」と情報がありました。
介護係長や機能訓練指導員に相談すると、「本人様が出来ることを伸ばしたいと仰っているし、伝い歩きが出来るなら歩行器の使用で歩行練習してはどう?」「転倒を防ぐ為に、居室の設えを変更してベッドから扉までの距離を短くしては?」「伝い歩き出来る様に掴まりやすい家具を置いてみてはどう?」「居室扉が見える様にベッドの向きを変更してはどう?」とチームで話し合います。
また、本人様の暮らしぶりから、いつもは車椅子に乗っていますが、時々突然、何も持たずに歩き出される事もあるので「Fさん、歩く練習をしませんか?伝い歩きが出来るなら練習したら車椅子なんかいらないと思うんです」と伝えてみると「ええ!私、歩ける様になれるの?歩ける様になりたいわ」と満面な笑みを浮かべて言われ、ご意向が1つ増えました。歩行練習の為に居室の変更も行いたい事を伝えると「お願いします。」と今後はF様からのご要望も取り入れたものに変更します。
歩行練習開始の日、機能訓練指導員見守りの元、歩行器を用意し、ベッドの高さも本人様の身長から33㎝から35㎝に上げる事で立ち上がりをスムーズに、初の歩行練習開始です。「出来るかな?」と不安な様子でゆっくりと、でも慎重に確認しながら歩かれました。「これでいいかな?」と本人様も満更でもない様子。居室からリビングまでの約1メートルの距離を歩く事が出来ました。「私、歩けたね。いや~。嬉しい!」と満面の笑顔。実際にご自分でも歩く姿を見て頂ければと、歩行練習を撮影し他の職員と情報共有。「これ私?えらい背中曲がってるわ」「Fさん、今後は歩く姿勢にも気を付けてみましょうか」と、本人様の苦にはならないように声をかけながら1日1回行う事にしました。
次は「物作りが好き」と言う事から、偶然YouTubeで見つけた「スノーフレーク作り」です。
スノーフレークとは雪の結晶と言う意味で毛糸を巻いたり、ハサミで切ったり、結ぶ動作が必要です。本人様の手の指は、リュウマチを発症され変形しており、あまり力が入りませんが両手の親指と人差し指はつまむ事が可能です。ですが、右手の親指と人差し指は空間があり、摘まむ事が難しい為、これをどうすれば出来るだろうか?を考えました。
そこでひらめいたのが、洗濯バサミの使用です。つまみにくい毛糸を洗濯バサミで挟み両手指で引っ張って頂くと、見事に毛糸を結ぶ動作が可能になりました。細かい作業で大変だったと思いますが、根気強く頑張られ完成する事が出来ました。一緒に行ってくれていた他の入居者様の家族様も「器用にするね。私より上手やわ」と言われ照れ笑い。
お話しながら作っている最中に、「洗濯バサミでこんなに簡単に出来るんやね。やりやすかったわ。嬉しいわ。ありがとう」とお言葉を頂きました。
本人様の意向から居室の変更、歩行練習、スノーフレーク作りを行い、本人様の表情にも明らかな自信が見れるようになり、F様の日常が整ってきたとき、年1回の社内研修の日がやって来ました。社内研修は各フロアがどんな取り組みを行ったかを発表します。
F様にも「社内研修でFさんの頑張られた結果を発表させてもらおうと思ってます」と言うと「私も見て見たいわ。どんな風に私の事を発表されて、それを聞いた人がどんな反応をするのかを見てみたい」との事でした。介護係長に相談し、初の入居者様が参加された社内研修となりました。その中で、職員からの質問より「Fさんは今後どんな事にチャレンジしたいですか?」と問われ、少し考えてからゆっくりと、でもはっきりした口調で「今までやった事がない事でも、何でもチャレンジしたい」と言われ職員から拍手が巻き起こりました。
外部研修・内部研修を通じてF様と関わる時間が増え、ある日「ちょっと聞いて欲しい事があるの」と相談がありました。それは「家に帰ろうと思ってね。みんな良くしてくれるから、ここに居りたいけどお母さん待ってるから」「そうなんですね。では具体的に考えてみましょう。Fさん、帰る家の場所は分かりますか?お母さんは生きておられますか?」「ああそうやね。お母さんの年から考えたらもう死んでるわな。でも夢でお母さんが呼んでるから」「夢ですか?」「そう、夢・・夢なのよね。もう私、夢と現実が時々わからなくなるの。息子も見ないといけないし、お母さんと自分の事も心配だしね。私どうしたらいいの?」と仰り、「大丈夫。わからなくなったら私たちに聞いてください。Fさんに何かあっても、しっかりと最後まで付き添います。私ここにいますから安心して下さい」と伝えると安堵の表情が伺えました。
F様には知的障がいの息子様がおられ、日ごろは離れたところで暮らされていましたが、ご自宅にて顔を合わせる機会もありました。今はF様が施設に入居されているので、それも出来ていない状態でしたが、息子様が利用されている施設と、当施設の繋がりもあり2週間に1度、当施設に面会に来れるようになりました。「私も息子さんにお会いしたいです」と言うと面会に来られた時に、「早く○○さんを呼んで来て。息子が来たんです」と他職員へ私を呼ぶように声をかけ、息子様にお会いする事が出来ました。「何も喋れないんやけどね」と愛おしそうに息子様を見るF様の母親の顔を垣間見る事が出来ました。【福祉】が親子の絆を繋いでるんだなあと感慨深く思いました。
手足の変形があっても食事の取り分けをしたり、自分独自で編み出したスプーンの持ち方で、何でも器用にこなすF様を見て私はいつも「すごいですね」と言う言葉が自然を出ていました。それは、もし自分がF様だったら出来ただろうか?と考えたら出来ないかもしれないと思ったからです。でもF様はいつも「しょうがないもの」がお決まりの台詞。
40代半ばで両手足の関節リュウマチを発症され、知的障害の息子様やもう1人の息子様の子育てや家事もある。出来ないと言う言葉を言えなかったのではないか?それよりも、どうやったら出来るかを模索されたのではないかと考えたとき、初めに「負けたくない」と言われた頃の言葉が蘇りました。強い人だなあ、きっと沢山の困難を乗り越えられたからこその「しょうがないもの」なんだと改めて感じました。
そして突然にその日がやって来ました。
私はF様の就寝支援を行い「又明日ね。ゆっくり休んで下さいね」と声掛けをして退勤しました。「うん。ありがとう。○○さん、またね」と私に言われたF様は、次の日の夜間に突然心肺停止で永眠されました。
余りにも突然で声も出ない状態でした。
その後、家族様のご好意にてご葬儀にも参加させて頂き、棺に入ったF様のお顔を拝見させてもらいます。
突然の別れは悲しいけれど、安らかな顔をされていたことが今も脳裏に浮かびます。
介護業界に長く勤めていると、このように突然のお別れを迎えることもあります。「自分の出来ることをやってみたい」「初めての事でもチャレンジしたい」「病気は仕方ないもの。でも負けへんで」“突然”の施設利用から、“偶然”私が所属するフロアで過ごされ、様々なF様との“日常”場面がよみがえる中、外部研修にて、F様が自分らしく、生き生きとしながら毎日の生活で出来ることは何だろうか、出来ないではなく、出来る様になるには、まずは何が必要で、何から始めたらいいだろうか。を考え続け、社内研修の際に満場の拍手に恥ずかしそうにされていたF様から改めて私の介護職員としての在り方を学んだ気がします。
この出会いと別れを仕方ないものとは言わず、この悲しみに負けず、まだ出会っていない方々にもこの経験と知識を元に日常を一緒に過ごしていきたいと思います。
ありがとうございました、Fさん。これから私も何でもチャレンジしていきます。
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