ページの先頭です

報道発表資料 難波宮跡公園(北部ブロック)の開園について

2025年2月28日

ページ番号:647036

問合せ先:建設局公園緑化部調整課(06-6615-6704)

令和7年2月28日 14時発表

同時資料提供:大阪府政記者会

 大阪市と大阪府は、2050年の難波宮跡遷都1400年に向け、国指定史跡の「難波宮跡附法円坂遺跡」の保存活用を図り、未来へと継承するために、歴史魅力あふれる難波宮跡のイメージを体感できるよう、公募設置管理制度(Park-PFI)を活用した公園整備や、難波宮跡全体を活用したにぎわい創出を担う整備を行いました。
 このたび、難波宮跡公園(北部ブロック)を令和7年3月28日(金曜日)に開園します。
(注)東側に隣接する史跡エリアと同時に開園します。


完成予定パース(開園後のイメージとは異なる場合があります)


位置図

1. 北部ブロック(難波宮跡内裏地区)の整備概要

整備内容

 園路、広場、植栽の整備のほか、後期難波宮(奈良時代)内裏正殿(注1)や前期難波宮(飛鳥時代)・後期難波宮回廊(注2)及び塀の遺構表示、瓦堆積(注3)遺構の表示と、それらの周辺には芝生広場の整備を行っています。

 また、案内板、解説板等の設置を行うことにより、来園者向けに難波宮の情報発信を行っています。さらにはARを活用して、後期内裏正殿等をバーチャル映像で追体験できるようになっています。


完成予定平面図(開園後のイメージとは異なる場合があります)

(注1)後期内裏正殿とは、宮殿における天皇の生活空間(内裏、現在の皇居)の中で、中心となる建物。掘立柱建築で、上部構造は高床の板敷で、屋根は檜皮葺であった。
(前期難波宮は「大化改新」(645年)による難波遷都の後に営まれた難波長柄豊碕宮(なにわながらとよさきのみや)と考えられている。後期難波宮は、奈良時代の神亀3年(726)から聖武天皇の命令で造営された宮殿である。)


内裏正殿(整備中写真)


内裏正殿のイメージ(事業者提供)
(注)ARを用いた復元

(注2)回廊とは、寺院や宮殿などの区画を取り囲む廊下のこと。難波宮の内裏の回廊は複廊(梁間が2間あり外側、内側とも吹放しで人が往来できる。中央の柱筋は壁か窓になる)であった。赤い舗装は前期内裏の回廊跡、黒い舗装は後期内裏の回廊跡を表示している。


回廊(整備中写真)


回廊のイメージ(事業者提供)
(注)ARを用いた復元

(注3)瓦堆積とは、後期難波宮の回廊の屋根瓦が崩れ落ちた場所。1200年前の屋根に葺かれた瓦がまとまって見つかったもの。


瓦堆積のイメージ

公園管理予定者

難波宮跡公園「みんなのにわ」プロジェクト

  • 代表構成員:エヌ・ティ・ティ都市開発株式会社
  • 構成員:NTTアーバンバリューサポート株式会社、株式会社NTTファシリティーズ
参考

2. アクセス

所在地
交通アクセス
  • Osaka Metro谷町線「谷町四丁目」駅より徒歩3分
  • JR大阪環状線「森ノ宮」駅より徒歩5分

探している情報が見つからない