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市場の歴史

2010年4月12日

ページ番号:3470

中央卸売市場のあゆみ

毎日の食卓にならぶ野菜、果実、水産物などの取引の場である市場が大阪に誕生したのは、大坂城が築かれた頃でした。
その後、江戸時代に入って、人口が増え、「天下の台所」として大阪の町が栄えるにつれて市場は各地の水路と陸路交通の要所に発展し、庶民の暮らしに広く定着するようになりました。なかでも、昭和のはじめまでにぎわった有名な市場に「天満」、「ざこば」、「靭(うつぼ)」、「木津」、「難波」などがありました。

第1次世界大戦が終わった大正7年ごろ、経済情勢の急激な変動から、日用品の廉売、物価の安定を図るため、大阪市では公設市場を設置しました。同年に「米騒動」が起き、国民大衆の食生活が非常に不安定となり、国はその対策を検討することになりました。そのなかでも生鮮食料品の安定供給の必要性が高まり、取引の正常化や適正な価格形成を目的として、大正12年に中央卸売市場法が制定され、大阪市においても公設市場の親市場として、中央卸売市場の開設に向けて調査研究を重ね、大正14年3月に国の開設許可を得ました。そして、昭和6年11月に現在の福島区野田に中央卸売市場(本場)を開場しました。また、終戦前後は、市場機能を一時中断していましたが、統制の解除とともに本来の市場の姿にかえりました。

昭和39年11月には、高度経済成長等による取扱数量の増大に対応するため、東住吉区今林に東部市場を開場し、本場とともに、市民の台所として大きな役割を果たしてきました。

また、食肉市場については、昭和33年、西成区津守に「市立と畜場」に併設して食肉卸売市場を全国に先がけて開場しました。

近年の市場を取り巻く流通環境の著しい変化に対応するため、昭和47~51年度には本場の市場西棟(果実、加工食料品売場)、昭和51~55年度には東部市場の加工食料品売場と仲卸棟を整備し、昭和59年4月には、食肉市場が近代的で衛生的な食肉処理場などの設備を備えた南港市場として、住之江区南港に移転しました。

さらに、平成元年度から着手した本場の建替整備も平成14年度に完成し、市場施設を一新するとともに市場情報システムを構築するなど、生鮮食料品流通の基幹をなすシステムとして発展を続けています。

  年代  市場の出来事

  大正11年 中央卸売市場法公布  

  昭和 4年 本場建設に着工

本場完成

 昭和 6年 本場完成、11月11日業務開始

大阪市立と場開設

 昭和14年 大阪市立と場開設

  昭和17年 天満分場(北区)開場[同20年廃止] 、 木津分場(浪速区)開場[同20年廃止]

  昭和18年 南部分場(住吉区)開場[同46年廃止] 、 北部分場(西淀川区)開場[同19年廃止] 、 東部分場(東住吉区)開場[同21年廃止]

  昭和33年 中央卸売市場食肉市場開設(全国で最初) 、 東部市場建設に着工

東部市場完成

 昭和39年 東部市場完成、11月25日業務開始

  昭和46年 卸売市場法公布(中央卸売市場法廃止)  

  昭和47年 本場拡張施設工事に着工

本場拡張施設業務開始

 昭和50年 本場拡張施設業務開始

  昭和51年 東部市場拡張工事に着工  

  昭和52年 東部市場拡張施設業務開始  

  昭和53年 東部市場施設改築工事に着工

東部市場施設改築工事完成

 昭和56年 東部市場施設改築工事完成 、 南港市場建設に着工

南港市場完成

 昭和59年 南港市場完成 4月2日業務開始 、 大阪市立と畜場、大阪市中央卸売市場食肉市場での業務を廃止

  昭和60年 本場・東部市場の鉄道貨物引込線廃止  

  平成 2年 本場整備事業工事に着工

本場業務管理棟完成

 平成 4年 本場業務管理棟完成

本場市場棟(第1期)完成

 平成 8年 本場市場棟(第1期)完成

本場市場棟(第2期)完成 

 平成11年 本場市場棟(第2期)完成 、 卸売市場法改正

  平成12年 東部市場配送・加工センター竣工
本場市場棟(第3期)・関連棟完成

 平成14年 本場市場棟(第3期)・関連棟完成

本場市場棟(第3期)竣工

 平成16年 本場市場棟(第3期)竣工

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このページの作成者・問合せ先

大阪市 中央卸売市場 総務担当

住所:〒553-0005 大阪市福島区野田1丁目1番86号(業務管理棟15階)

電話:06-6469-7910

ファックス:06-6469-7939

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