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令和5年2月17日付け裁決(答申第6号)

2023年2月17日

ページ番号:596000

裁決書

審査請求人
○○ ○○

処分庁
大阪市A区保健福祉センター所長

 審査請求人が令和2年5月22日に提起した処分庁による生活保護法(昭和25年法律第144号。以下「法」という。)第78条の規定に基づく徴収金決定処分(以下「本件処分」という。)に係る審査請求(以下「本件審査請求」という。)について、次のとおり裁決する。

主文
 本件審査請求を棄却する。

事案の概要
1 平成29年2月7日、処分庁は、審査請求人に対し、法による保護を開始した。保護開始に先立ち、審査請求人は、同年1月13日付けで処分庁に対し、処分庁の職員より生活保護のしおりについて説明を受けたことにつき署名押印したものを提出した。
 また、審査請求人は、同年2月7日付けで処分庁に対し、「生活保護法第61条に基づく収入の申告について(確認)」に記載の内容について説明を受け理解したことにつき署名押印したものを提出した。
 さらに、審査請求人は、同日付けで処分庁に対し、資産申告書を提出した。
2 審査請求人の世帯の世帯主(以下「世帯主」という。)は、令和元年8月22日付けで処分庁に対し、資産申告書を提出した。これを受け、処分庁は、B銀行に対し、審査請求人名義の預貯金に関する法第29条に基づく照会を行った。
3 処分庁は、令和元年9月25日付けでB銀行から、審査請求人名義の預貯金に関する法第29条に基づく調査に対する回答を受理した。当該回答により、処分庁は、審査請求人名義のカードローン口座(以下「本件口座」という。)が開設されていること及び本件口座に係る平成30年5月1日以降の取引履歴として出入金があることを確認した。
4 処分庁は、令和元年12月24日付けでB銀行から、審査請求人名義の預貯金に関する法第29条に基づく調査に対する回答を受理した。当該回答により、本件口座の出入金に利用された各支払機の設置場所を確認した。
6 処分庁は、令和2年3月3日付けで審査請求人に対し、本件処分を行った。
7 令和2年5月22日、審査請求人が大阪市長に対し、本件処分の取消しを求める審査請求をした。

審理関係人の主張の要旨
1 審査請求人の主張
 審査請求の趣旨は、本件処分の取消しを求めるものであり、その理由は次のとおりである。
 本件処分において決定された返還金2,507,000円(以下「本件金員」という。)については、自分で使ったものではなく、本件処分に納得がいかない。
 また、なぜ今言われたのか、もっと早く言ってくれなかったのか。
2 処分庁の主張
 弁明の趣旨は、「審査請求人の審査請求を棄却する」との裁決を求めるものであり、その理由は次のとおりである。
 審査請求人は、収入があった際には申告をしなければならないと説明を受けたうえで、その内容を理解している旨署名捺印を行っている。
 そして、審査請求人名義のカードローンにより金銭貸借が行われていれば、それが、明らかに他人が行ったと考えられるような特段の事情がある場合を除けば、審査請求人が行ったと判断するのが妥当であるところ、処分庁において、審査請求人への聞き取り内容をもって、特段の事情があったとは認定できず、よって、審査請求人自身が行った金銭貸借と認定したうえで、本件口座における1か月あたりの借入額から返済額を減じた金額を当該月の未申告収入と認定し、その金額に相当する支給済保護費について、法第78条による徴収決定を行ったものが本件処分であり、違法、不当な点は存在しない。

理由
1 本件に係る法令等の規定について
⑴ 法第4条は、生活保護制度における基本原理の一つである「保護の補足性」について規定しており、その第1項において、「保護は、生活に困窮する者が、その利用し得る資産、能力その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われる。」と定めている。また、法第5条は、「この法律の解釈及び運用は、すべてこの原理に基いてされなければならない。」と定めている。
⑵ 法第8条第1項は、「保護は、厚生労働大臣の定める基準により測定した要保護者の需要を基とし、そのうち、その者の金銭又は物品で満たすことのできない不足分を補う程度において行うものとする。」と定めている。
 これは、生活保護制度により保障されるべき最低限度の生活は、生活保護法による保護の基準(昭和38年4月1日厚生省告示第158号。以下「保護の基準」という。)によって、要保護者各々について具体的に確定され、その保護の程度は、保護の基準によって測定された需要と要保護者の資力(収入)とを対比し、その資力で充足することのできない不足分について扶助されることを定めているものである。
⑶ 法第28条及び第29条で保護の実施機関には積極的な調査権限が付与されているが、併せて、法第61条では、「被保護者は、収入、支出その他生計の状況について変動があつたとき、又は居住地若しくは世帯の構成に異動があつたときは、すみやかに、保護の実施機関又は福祉事務所長にその旨を届け出なければならない。」と規定し、被保護者に対し、届出の義務を課している。
⑷ 法第78条第1項は、「不実の申請その他不正な手段により保護を受け、又は他人をして受けさせた者があるときは、保護費を支弁した都道府県又は市町村の長は、その費用の額の全部又は一部を、その者から徴収するほか、その徴収する額に100分の40を乗じて得た額以下の金額を徴収することができる。」と規定している。
⑸ 生活保護法による保護の実施要領について(昭和36年4月1日厚生省発社第123号厚生事務次官通知。以下「次官通知」という。)第8-3-(2)-イ-(ア)において、「他からの仕送り、贈与等による金銭であって社会通念上収入として認定することを適当としないもののほかは、すべて認定すること。」とされている。
⑹ 生活保護行政を適正に運営するための手引について(平成18年3月30日社援保発第0330001号厚生労働省社会・援護局保護課長通知)で提示されている「生活保護行政を適正に運営するための手引」のⅣ-4-(1)の注)において、「『不実の申請その他不正な手段』とは、積極的に虚偽の事実を申し立てることはもちろん、消極的に事実を故意に隠蔽することも含まれる。刑法第246条にいう詐欺罪の構成要件である人を欺罔することよりも意味が広い。」と示されている。
⑺ 生活保護費の費用返還及び費用徴収決定の取扱いについて(平成24年7月23日社援保発0723第1号厚生労働省社会・援護局保護課長通知。以下「課長通知」という。)の「3 法第78条に基づく費用徴収決定について」では、「法第63条は、本来、資力はあるが、これが直ちに最低生活のために活用できない事情にある要保護者に対して保護を行い、資力が換金されるなど最低生活に充当できるようになった段階で既に支給した保護金品との調整を図るために、当該被保護者に返還を求めるものであり、被保護者の作為又は不作為により保護の実施機関が錯誤に陥ったため扶助費の不当な支給が行われた場合に適用される条項ではない。被保護者に不当に受給しようとする意思がなかったことが立証される場合で、保護の実施機関への届出又は申告をすみやかに行わなかったことについてやむを得ない理由が認められるときや、保護の実施機関及び被保護者が予想しなかったような収入があったことが事後になって判明したとき等は法第63条の適用が妥当であるが、法第78条の条項を適用する際の基準は次に掲げるものとし、当該基準に該当すると判断される場合は、法第78条に基づく費用徴収決定をすみやかに行うこと。」と述べたうえで、法第78条の条項を適用する際の基準について、「①保護の実施機関が被保護者に対し、届出又は申告について口頭又は文書による指示をしたにもかかわらず被保護者がこれに応じなかったとき、②届出又は申告に当たり明らかに作為を加えたとき、③届出又は申告に当たり特段の作為を加えない場合でも、保護の実施機関又はその職員が届出又は申告の内容等の不審について説明等を求めたにもかかわらずこれに応じず、又は虚偽の説明を行ったようなとき、④課税調査等により、当該被保護者が提出した収入申告書が虚偽であることが判明したとき」と示されている。
 よって、法第78条の適用にあたっては、保護費を不当に受給しようとする意思があることが求められるとともに、課長通知における各基準はその客観的事情を示しているものと解される。
⑻ 生活保護問答集について(平成21年3月31日付け厚生労働省社会・援護局保護課長事務連絡。以下「生活保護問答集」という。)の問13-22の答において、法第78条による「徴収額は、不正受給額を全額決定するものであり、法第63条のような実施機関の裁量の余地はないもの」とされており、また、問13-23の答の「(3)法第78条を適用する場合」において、「意図的に事実を隠蔽したり、収入の届出を行わず、不正に保護を受給した者に対しては、各種控除を適用することは適当ではなく、必要最小限の実費を除き、全て徴収の対象とすべきである。」と示されている。
 さらに、問13-25の答において、「法第78条に基づく費用の徴収は、いわば損害追徴としての性格のものであり、法第63条や法第77条に基づく費用の返還や徴収の場合と異なり、その徴収額の決定に当たり相手方の資力(徴収に応ずる能力)が考慮されるというものではない。」と示されている。
2 争点
 審査請求人及び処分庁の主張を踏まえると、本件審査請求における争点は次のとおりである。
⑴ 本件金員が法第61条の申告すべき「収入」に該当するか否か(争点1)
⑵ 本件金員の算出方法及び算定額は合理性を有するか(争点2)
⑶ 審査請求人は法第78条第1項の「不実の申請その他不正な手段により保護を受けた」と言えるか否か(争点3)
3 争点1に係る判断について
⑴ 法第61条の申告すべき収入について
ア 法第4条第1項は「保護は、生活に困窮する者が、その利用し得る資産、能力その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われる。」として保護の補足性を定め、また、法第8条第1項は「保護は、厚生労働大臣の定める基準により測定した要保護者の需要を基とし、そのうち、その者の金銭又は物品で満たすことのできない不足分を補う程度において行うものとする。」と規定していることから、生活保護法による保護は、最低限度の生活需要を満たすのに十分であって、かつ、これを超えないものでなければならない。
 そして、法第4条第1項の「その利用し得る資産、能力その他あらゆるもの」、法第8条第1項の「その者の金銭又は物品」については特に限定がないことから、被保護者の資産、能力その他あらゆるものは、その呼称の如何を問わず、その最低限度の生活の維持のために活用されるべきことが原則となると解される。
 さらに、法第61条の規定は、被保護者に対して、収入等に関する処分庁への届出義務を課しているところ、この趣旨は、保護の実施機関が適正な保護実施のために行う被保護者の生計の状況等の調査だけでは把握しきれない部分を被保護者の届出によって補充し、もって当該調査と並行して適確な状況の把握に資するために行うものと言えるから、被保護者が行う収入の申告については、適正な保護の決定及び実施を円滑に行うことに資するよう、処分庁が収入を適確に把握できるようなものであるべきと解される。
 以上から、被保護者が法第61条の規定に基づき届出義務を負う収入とは、現実に増加している被保護者の最低限度の生活を維持するために活用可能な金銭等であれば、その法的性質や原因のいかんは問わないものと解するべきである。
イ そして、将来返済が予定されている借入金についても、当該借入れによって、被保護者の最低限度の生活を維持するために活用可能な資産は増加するのであるから、保護受給中に被保護者が借入れをした場合、これも原則として届出義務を負う収入の対象とすべきであり(札幌地裁平成18年(行ウ)第10号、平成20年2月4日判決・裁判所ウェブサイト参照)、これはカードローンによる借入金であるからといって異なるところはない。
ウ よって、カードローンによる借入金は、被保護者が得ることによって被保護者の最低限度の生活の維持のために活用可能な資産が増加するものであるから、本件金員は法第61条の申告すべき収入に該当する。
⑵ 本件口座を第三者が利用したとする審査請求人の主張について
ア ところで、本件事件記録によると、審査請求人は、本件口座が自己の名義であることについては争わないが、C地を拠点に仕事をする友人の兄(以下「第三者」という。)に本件口座に係るカードを貸しており、当該第三者が当該カードを利用して当該口座をしてカードローンより借入れを行ったものであることから、審査請求人本人は当該口座を利用してカードローンによる借入れを行ってはおらず、借入れによる金銭も得ていない旨主張する。
 これに対し、処分庁は、審査請求人名義のカードローンによって金銭貸借が行われていれば、審査請求人自身がカードローンを利用したと推認するのが妥当と主張する。
イ カードローンによる金銭貸借は、カードローン口座の名義人と金融機関等間の金銭消費貸借契約に基づき、名義人が金融機関等から借入れを行うものである。
 そして、当該カードローンの規約等では、当該カードローンの不正利用防止の観点から、名義人にのみローンを利用する契約上の地位があること、名義人は名義人以外の者にローン用カードの貸与や譲渡、利用させることを禁じていること、名義人以外の者にカードの貸与・譲渡や利用させた場合には規約違反として期限の利益の喪失事項、カードローンの会員資格の取消事項としているものが通常であり、社会通念上、カードローンは名義人以外の者が利用することを想定しているものではない。そうであれば、金融機関の出金の記録上、カードローン口座より出金がされている場合には、名義人以外の者による利用についての反証が無いかぎり、当該名義人が利用したとする推認がはたらくものと言える。
ウ これを本件についてみると、前記のとおり、本件口座から出金されているけれども、審査請求人本人は当該口座を利用してカードローンによる借入れを行ってはおらず、借入れによる金銭も得ていない旨供述し、本件事件記録によれば、当該第三者についても、C地を拠点に仕事をしているなかで、継続して当該口座をしてカードローンより借入れを行っていた旨供述している。
 しかし、処分庁の調査により金融機関から提出されている本件口座の出入金記録及び各出入金に利用された支払機の場所の記録から、ほとんどの出入金が大阪市内の審査請求人宅付近に設置されている支払機を利用したものであること、さらには、利用しているとする第三者が拠点をおくとするC地に設置されている支払機からの出入金記録は存在せず、D地方でいえば、E地の1回、そしてF地方でいえばG地の2回とそれ以外は全て大阪府内に設置されている支払機を利用したものであることが明らかである。
 加えて、審査請求人が処分庁に申告しているB銀行の口座(以下「申告済口座」という。)の出入金記録にある各出入金に利用された支払機の場所の記録と上記本件口座の出入金に利用された支払機の場所の記録とを照らし合わせたところ、大阪市内の同一の支払機において同一の時間帯において1分差で利用したとする記録が、少なくとも複数日において確認できる。
 そうすると、本件口座の出入金のほとんどが大阪市内の審査請求人宅付近において行われており、さらにそのうちの複数回において申告済口座の出入金に利用された支払機と同一の支払機において1分差で本件口座に出入金がされているということが明らかである以上、大阪から遠隔地であるC地に拠点をおいている第三者がこれらを行ったとする審査請求人及び第三者の供述は信用することはできず、むしろ、審査請求人が自ら利用したことが強く推認される。
 以上から、名義人以外の者による利用についての反証がなされているとはいえず、当該名義人が利用したとする推認がはたらくものと言えることから、本件金員は、審査請求人自身によるカードローンの借入金であるとした処分庁の判断には、合理性があると言える。
⑶ 争点1の結論について
 以上から、本件金員について、法第61条の申告すべき収入に該当するとした処分庁の判断に不合理な点は認められない。
4 争点2に係る判断について
⑴ 本件金員の算定方法
 本件金員は、処分庁において、以下の手順で算出したものと認められる。
① 平成29年2月から令和元年10月までの間について、月ごとに本件口座から出金された額(借入金額)と本件口座に入金された額(返済金額)を比較する。
② 借入金額が返済金額を上回る月(平成29年2月、同年5月、同年7月、同年8月、同年11月、平成30年1月、同年3月、同年5月、同年7月、同年11月、令和元年5月、同年7月、同年8月及び同年10月。以下これらを「対象月」という。)において、その差額(以下「対象額」という。)を算出する。
③ 対象額がその月の扶助費を上回る場合にあっては、その上回る部分に相当する金額を翌月以降の対象月における対象額に合算し、それにより得た金額を当該対象月における対象額とする。
④ 対象額を合算することにより、本件金員を算出する。
⑵ 本件金員の算出方法は合理性を有するかについて
 借入と返済が頻回に繰り返されるカードローン取引の性質に鑑みれば、処分庁が採用した本件金員の算出方法(前記4⑴の方法)については、処分庁の合理的な裁量の範囲内であり不合理な点はなく、当該算出方法に基づき算出した本件金員の額について誤りは認められない。
⑶ 争点2の結論について
 以上から、本件金員の算定方法及び算定額についての処分庁の判断に不合理な点は認められない。
5 争点3に係る判断について
⑴ 法第78条第1項の「不実の申請その他不正な手段」について
ア 前記3のとおり、本件金員は、申告すべき収入に該当し、審査請求人は法第61条に基づきこれを収入として申告する義務があった。にもかかわらず、平成29年2月分から令和元年10月分までの審査請求人の世帯に係る各収入申告書には本件金員は記載されておらず、審査請求人は届出義務に違反している(以下「本件未申告」という。)が、これが法第78条第1項の「不実の申請その他不正な手段」に該当するか。
イ まず、法第78条第1項の「不実の申請その他不正な手段」とは、積極的に虚偽の事実を申告することのみならず、消極的に本来申告すべき事実を故意に隠蔽することも含まれると解される(前記1⑹)。
 そして、「本来申告すべき事実を故意に隠蔽」したと言えるためには、当該被保護者において当該収入が法第61条の届出義務の対象となるべき収入に該当することを認識していた又は認識すべきであったにもかかわらずこれを申告しなかったという事実が認められなければならない。
ウ ところで、法は、本来受けるべきではなかった保護費の返還に係る法第63条の規定をおき、さらに法第78条第1項の規定を設けている。
 この点、法第78条第1項の趣旨は、保護の不正受給を防止し、生活保護制度が悪用されることを防止しようとすることにあると解される。そして、同項が適用されると、当該不正受給額の全部が必要的に徴収される上、その4割以下の額が制裁として徴収され得ることに加え、犯罪として懲役刑を科される可能性もあるものである。
 これに対し、法第63条が適用されると、「その受けた保護金品に相当する金額の範囲内において保護の実施機関の定める額」の返還で足り、保護の実施機関の裁量により、当該未申告分の収入の一部の返還でも足りるものとされている。
 このような法第78条第1項の趣旨、同項と法第63条の要件及び効果の差異、特に、法第78条第1項の要件と刑罰法規である法第85条第1項本文の構成要件とが同一文言によって規定されていることからすれば、法第78条第1項は、被保護者の収入未申告等の行為が、生活保護制度の悪用と評価できる行為に当たる場合にのみ適用すべきと解するのが相当である。
 そして、悪用と評価できる行為と言えるためには、当該被保護者において、不当に受給しようとする意思が必要であり、当該意思があると認定できる場合には、法第78条第1項を適用することができるものであると解するのが相当である。
 そうすると、被保護者の収入未申告等の行為が前記のように評価できる行為に当たるか否か、すなわち、当該被保護者において、不当に受給しようとする意思があると認定できるか否かについて、行為そのものが持つ不正な性質が明確で、前記のとおりの評価が直ちにできる行為については、当該行為の存在を認定することで足りるものと言えるが、行為そのものが持つ不正な性質が明確とはいえないものについては、当該行為が行われた際の具体的状況や、行為者の目的等の主観的事情をも判断要素として考慮に入れて、当該行為が法第78条第1項を適用すべき生活保護制度の悪用と評価できる行為と言えるかどうかを客観的に判断すべきものと解するのが相当である(神戸地裁平成28年(行ウ)第30号、平成30年2月9日判決・賃金と社会保障1740号17頁(以下「神戸地裁判決」という。)参照)。
 なお、前記1⑺の課長通知によると、「①保護の実施機関が被保護者に対し、届出又は申告について口頭又は文書による指示をしたにもかかわらず被保護者がこれに応じなかったとき」、「②届出又は申告に当たり明らかに作為を加えたとき」、「③届出又は申告に当たり特段の作為を加えない場合でも、保護の実施機関又はその職員が届出又は申告の内容等の不審について説明等を求めたにもかかわらずこれに応じず、又は虚偽の説明を行ったようなとき」及び「④課税調査等により、当該被保護者が提出した収入申告書が虚偽であることが判明したとき」の各事情をあげ、これらは不当に受給しようとする意思に係る客観的事情であるとされていることは、前記神戸地裁判決の考え方と同旨であると考えられる。
エ 以上を踏まえ、本件未申告が「不実の申請その他不正な手段」に該当するか否かについては、まず後記5⑵において、本件未申告が積極的に虚偽の事実を申告した又は消極的に本来申告すべき事実を故意に隠蔽したと言えるかについて検討し、同⑶において不当に受給しようとする意思が認められるかについて検討する。
⑵ 積極的に虚偽の事実を申告した又は消極的に本来申告すべき事実を故意に隠蔽したと言えるか
ア まず、本件事件記録からは審査請求人において、積極的に虚偽の事実を申告していたと言える事実は認められない。
イ 次に、消極的に本来申告すべき事実を故意に隠蔽したと言えるかを検討するにあたり、このように言えるためには、当該被保護者において当該収入が法第61条の届出義務の対象となるべき収入に該当することを認識していた又は認識すべきであったにもかかわらずこれを申告しなかったという事実が認められるかが問題となるところ、まず審査請求人において収入申告義務の認識があったか否かを検討しなければならない。
 本件事件記録によれば、審査請求人は、平成29年1月13日に、処分庁の職員より生活保護制度に関する説明を受け、「生活保護のしおり」を受け取ったことに関して署名をした事実が認められる。そして、この「生活保護のしおり」には「保護費以外の収入があればどんな収入でも、詳しく、正しく、すみやかに届け出てください。」や、「借金も収入として認定されます。借金をするとその分生活保護費が減ってしまうので、借金はしないようにしてください。」との記載があることが認められる。 
 さらに、審査請求人は、平成29年2月7日には、法第61条に基づく収入申告に関する説明を受け、理解したことに関する署名・押印をした事実が認められる。
 これらの事実から、被保護者として、保護費以外の収入があれば収入申告をする必要があること、申告する必要がある収入には借入金も含まれることを平成29年2月7日以降認識していたと言えるし、各収入申告書を提出していた時点においても審査請求人は認識していたとする処分庁の認定に不合理な点は認められない。
 そして、前記で認定したとおり、本件金員は審査請求人自身によるカードローンの借入金であることからすると、本件金員が法第61条の届出義務の対象となるべき収入に該当することを認識していたにもかかわらずこれを申告しなかったという事実が認められることから、審査請求人においては、消極的に本来申告すべき事実を故意に隠蔽したと言える。
⑶ 不当に受給しようとする意思が認められるか
ア 処分庁は、審査請求人においては、課長通知3-④の「課税調査等により、当該被保護者が提出した収入申告書が虚偽であることが判明したとき」の事情に該当すると主張するところ、平成29年2月分から令和元年10月分までの審査請求人の世帯に係る各収入申告書には本件金員に関する記載は一切されておらず、本件金員の事実は処分庁による法第29条に基づく調査により判明したという点については、審査請求人も争わないところである。
 そして、前記5⑵で検討したとおり、審査請求人には、収入申告を行った時点で、本件金員が収入申告すべき収入であるとの認識も認められるところである。
 よって、課長通知3-④「課税調査等により、当該被保護者が提出した収入申告書が虚偽であることが判明したとき」に該当するとした処分庁の判断に不合理な点は認められない。
イ 課長通知3-④の事情については、行為そのものが持つ不正な性質が明確とはいえないものであるから、課長通知3-④の事情の下において、不当に受給しようとする意思を認定するためには、当該行為が行われた際の具体的状況や、行為者の目的等の主観的事情をも判断要素として考慮に入れて、当該行為が法第78条第1項を適用すべき生活保護制度の悪用と評価できる行為と言えるかどうかを客観的に判断する必要がある。
 これを本件についてみると、本件金員が審査請求人自身によるカードローンの借入金であることを前提に、本件口座の出入金記録からは、審査請求人の保護開始後の平成29年2月から令和元年10月までの期間において、継続的かつ頻繁に利用している状況が認められ、また、借入れだけではなく返済も定期的に行い、かつ、利用していた金額も多額である。そうすると、借入金を保護の実施機関に申告した場合に、保護費が減るなどの措置がとられることが審査請求人においては容易に想定できた中で、本件口座及びその利用について保護の実施機関に発覚しないよう、資産申告書において本件口座に係る申告をしなかったものと言わざるを得ない。
 さらに、保護の実施機関の調査によって本件口座及び当該口座における出入金の事実の存在が発覚した後も、第三者にカードを貸していたと保護の実施機関に対して繰り返しなされている審査請求人の陳述については、第三者にカードを貸す合理的理由のない本件の事情のもとでは、収入申告書の提出時点において自身のカードローン口座の利用を保護の実施機関に発覚されないようにする意図を推認させるものであると言える。
 このように、本件未申告に係る具体的状況や、目的等の主観的事情を判断要素として総合的に考慮すると、本件未申告は審査請求人において本件口座の発覚を隠蔽するために行った行動で、保護費を不当に受給しようとする意思を認めることができるものであることから、生活保護制度の悪用と評価できる行為と言わざるを得ない。
⑷ 争点3の結論について
 以上から、審査請求人は法第78条第1項の「不実の申請その他不正な手段により保護を受けた」と言えるとした処分庁の判断に不合理な点は認められない。
6 結論
 以上の理由により、本件審査請求は理由がないから、行政不服審査法(平成26年法律第68号)第45条第2項の規定により、主文のとおり裁決する。

令和5年2月17日
審査庁 大阪市長  松井 一郎

裁決書(令和4年度答申第6号)

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