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53.大村益次郎殉難(おおむらますじろうじゅんなん)碑

2019年7月1日

ページ番号:9671

中央区法円坂二丁目 国立大阪病院南東角

大阪シティバス「大阪国立病院前」下車すぐ

 

 文政7年(1824)周防(すおう)に生まれた。弘化(こうか)3年(1846)23歳のとき来坂、適塾に入り僅か1年で塾頭になっている。明治2年(1869)兵部大輔(ひょうぶだいゆう)に任ぜられ、近代陸軍兵制の確立に努力した。しかし不平士族の反感をうけ、同年9月京都で襲撃された。そのとき右脚に重傷をおったが、京都では適切な治療をうけられず、現在の碑の近くにあった浪華仮病院(大福寺から当所へ移転、同頂参照)で右脚切断の手術をうけたが、すでに手後れで敗血症のため死亡した。切断された脚は遺志により、師緒方洪庵夫妻の傍ら(北区竜海禅寺)に葬られている。

「大村益次郎殉難碑」の写真

 

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