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18.堂島米市場(どうじまこめいちば)跡碑

2019年3月7日

ページ番号:9888

北区堂島浜-丁目3
中之島ガーデンフリツジ北東詰

市バス「堂島」下車 東約300メートル

 

 江戸時代米の取引きは、当初蔵屋敷の連なる土佐堀川沿岸の、北浜の路上で行われていた。これを開いたのが豪商淀屋の2代目个庵(こあん)といわれ、そのため「淀屋の米市」と称されていた。その後、交通妨害になることや、当時開発されたばかりの堂島新地の振興もあって、当地に移された(元禄 10年、1697)。この移転は、淀屋の幕府によるとりつぶしの関係も考えられるが、いずれにしても公認のものではなく、米商人の自主的取引きであった。その後江戸商人による公認の市場開設などあったが、享保(きょうほう)15年(1730)公認の帳合米市場が発足し、ここでの相場が全国の基準となった。

「堂島米市場跡碑」の写真

 

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