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18.堂島米市場(どうじまこめいちば)跡碑

2019年8月26日

ページ番号:9888

北区堂島浜1丁目3
中之島ガーデンブリッジ北東詰

大阪シティバス「堂島」下車 東約300メートル

 江戸時代の初め、各地から運ばれた米の取引は、土佐堀川沿いの北浜の路上で行われていた。この「北浜米市」は、中心となっていたのが当時の豪商淀屋であったため「淀屋の米市」とも称された。その後、元禄 10年(1697)頃、交通の妨害になることや、当時開発されたばかりの堂島新地の振興策として、米市は堂島に移されることになった。

 享保(きょうほう)15年(1730)、江戸幕府は、ここで行われる正米商(しょうまいあきない・米切手を売買する現物市場)と帳合米商(ちょうあいまいあきない・帳面上で売買する先物市場)を公認し、堂島米市場の相場は、全国の米相場の基準となった。堂島米市場は「浜方」、「大坂米市」とも呼ばれ、日本における取引所の起源とされるとともに、世界における組織的な先物取引所の先駆けとして広く知られている。

「堂島米市場跡碑」の写真
稲に遊ぶ子供

 

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