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地下鉄100型 105号車輌 1輌
所有者
大阪市(交通局)
所在
住之江区緑木1-4-160
紹介

大阪市では、大正時代なかばより都市計画事業の一環として高速鉄道の建設が計画され、大正15年(1926)には計画案などの議決を得た。都心部と周辺地域を結ぶ放射状路線とし、主要な街路・路面交通との接続をはかるなどの方針が立てられ、榎阪(現在の江坂)から我孫子町を結ぶ第1号線など4路線が計画された。
昭和5年(1930)、第1号線の梅田-心斎橋の工事が開始された。工事は難航したが、昭和8年(1933)5月20日、同区間3.1kmが開通した。これは東京で昭和2年(1927)に開通した地下鉄につぐ日本で2番目のもので、市営地下鉄としては日本最初のものであった。その後、昭和10年 (1935)には難波、同13年(1938)には天王寺へと延伸されるなど主要ターミナルが地下鉄で結ばれた。その後、他の路線も順次開通するに至り、現在では7路線が営業している。
開業時に運行されていた車輌が100型車輌である。外装を淡黄色と紺色に塗り分けた車輌は、長さ17,000mm、幅2,900mm、高さ 3,650mm、自重40tで、定員は120名。木造や半鋼製の車輌が多かった当時、耐火性を考慮して全鋼製で製造された。屋根などには腐食を防止する含銅鋼板が、ドアなどには軽合金も用いられた。また天井や床内面にはフェルトを張り防音防熱構造とした。
機器類は将来1,500Vへの昇圧を念頭においたうえで750Vとした。主電動機は当時最大級の170KW2台で、最大運転速度は70km/h。ブレーキには、電気制動装置を採用するとともに、10輌以上の連結運転に備えて最高水準のAMU貫通式自動空気制御装置が採用された。また、列車の追突防止のための自動列車停止装置(ATS)も装備されていた。当初は1輌編制で運転されたが、連結時に備えて日本初の電気連結器を採用。転落防止のための安全畳垣も設置された。
運転室は前後の片隅に設けられる半室運転室で、車掌室は省略され、客室を広くとる工夫がなされている。また、出入口のドアは片側3カ所、室内は薄小豆色に塗装され、乗客の利便のため駅名表示器が設置され、車内放送用の拡声装置も装備された。
この車輌は、開業時の昭和8年(1933)に10輌が製造され、昭和44年(1969)まで運転され、現在は105号車のみが保存されている。
100型車輌は、当時の最高水準の技術を駆使して設計・製造された地下鉄車輌であり、70年にわたる大阪市の地下鉄の原点を示す貴重な文化財である。













